ハリウッドの「アジア系男性像を刷新する『エブエブ』──こんな「アジア人映画」を待っていた
Asian Men Can Be Everything
より最近では、ハリウッド映画『クレイジー・リッチ!』やマーベル・コミック原作の『シャン・チー/テン・リングスの伝説』がハンサムでたくましいアジア人男性を主役級に据え、従来のステレオタイプを突き崩している(実際、クァンは『クレイジー・リッチ!』に刺激を受け、俳優業に復帰したという)。
こうした主流メディアの変化は重要である一方、完璧な解決策にはならない。ハリウッドで白人男性が演じてきた役を、アジア系男性版に焼き直しても、多くの場合は既存の男性観をアジア色に染め変えただけで終わる。
アジア人がスーパーヒーローや理想の恋人を演じても、男らしさの単純な捉え方を踏襲していては意味がない。どんな映画も越えられなかったこの壁を、思う存分壊してくれるのが『エブリシング』だ。
暴力よりも思いやりを
アジア系男性の描写の問題と向き合うに当たって、本作はよくある二元論に陥らない。複数のウェイモンドは、ハリウッドの典型的なアジア系男性像と、それを打ち壊そうとする近年の試みの限界の両方に対する反論だ。アジア人男性を「強い男」に変えても、映画の中のアジア人男性像が進化したことにはならない。
冒頭に登場する夫のウェイモンドの姿は、アジア系移民の中年男性のイメージそのものだ。前髪を切りそろえ、眼鏡をかけ、腰にウエストポーチを着けている。
その役柄が最も効果的にステレオタイプの殻を破るのは、妻に従う姿勢が弱点ではなく、ポジティブな特徴として描かれる場面だ。
武術に優れるアルファ・ウェイモンドは当初、エブリンを守り、ほかの次元にいる別の自分の才能を活用する方法を伝授していた。だがマルチバース全体を脅かす悪を倒すため、エブリンが(一見ばかげた)アイデアを思い付くと、リーダー役に固執せずに彼女を信じて任せ、協力する。
終盤では、腕力で支えるアルファ・ウェイモンドと釣り合いを取る形で、夫のウェイモンドが力を発揮する。エブリンの敵に思いやりを持つよう懇願し、夫婦で経営するコインランドリーを税金問題による差し押さえから救うのは、夫のウェイモンドだ。
そのひたむきな善良さは、クライマックスの対決で最大限に表現される。刺されて傷を負ってもエブリンと敵の間に立ちはだかり、暴力を終わりにしようと訴える。