オタクの聖書『指輪物語』にテック業界の大物や極右政治家が魅せられる...その理由とは?
Right-Wing Rings of Power
アンドゥリルはトランプ政権下でメキシコとの国境地帯に監視塔の建設を開始。国境を越えてくる不法入国者を物体認識技術で検知するバーチャルの「国境の壁」だ。こうしたプロジェクトの結果、監視の緩い難所からの越境を試みて命を落とす人が増えていると、コンピューター科学者や人権擁護団体は指摘する。
米関税・国境取締局(CBP)は監視塔について片時も眠らずまばたきもしない相棒と表現する。「指輪」ファンなら、闇の軍勢を破る剣ではなく、暗黒の塔から闇の王国を監視するサウロンの炎の目を思い浮かべるかもしれない。
物語の圧倒的世界に便乗
トールキン崇拝はテック業界の起業家たちの間では珍しくないとオルカセキュリティのエリスは言う。「トールキンを読んで育った経験はオタク同士の数少ない共通点だったから、言及しやすかった」
トールキンに言及すればトールキンの物語の圧倒的な世界に便乗することもできる。ティールとラッキーが中つ国にまつわる用語を使うのは気まぐれな文学ごっこではない。トールキンの世界にリバタリアン(自由意思論者)の哲学への賛同を感じているからだ。
南カリフォルニア大学国際関係学部教授で、トールキンを通して現実世界の地政学を分析した著書があるパトリック・ジェームズは、ほぼ全てのイデオロギー集団が『指輪物語』に何かしら自分たちの理論のよりどころを見つけることができる、と指摘する。
なかでも保守的なリバタリアンは、『指輪物語』のどこにそれほど魅力を感じるのだろうか。ジェームズによると、物語の中で「政府は自由の民(エルフ、一部の人間、ドワーフなど)に何をすべきかと指示しない」。
中つ国に危機が訪れると、善良な種族は明確な命令がなくても資源を共有する。公共投資の大半は防衛費に充てられるため、外国の大軍が攻めてきても、戦う意志のある戦闘員が手に取る剣と盾は十分にある。カリスマ指導者は英雄的な行為のおかげで頂点に上り詰め、計り知れない困難を乗り越えて運命を全うする。
ただし、トールキンは1943年に息子に宛てた手紙で、自分の政治的な意見は「ますますアナーキー(無政府論)に」傾いているが、あくまでも「支配の廃止であって、爆弾を持ったひげ面の男たちではない」と強調している。