国際演劇人・野田秀樹が英語劇にこだわるシンプルな理由
NODA・MAP第25回公演『Q』: A Night At The Kabuki(左から野田秀樹、松たか子、広瀬すず 撮影:篠山紀信)
<演劇界屈指の日本語巧者が約20年前から英語で劇を作り、演じ続けているのなぜか【特集 世界に挑戦する日本人20】より>
クイーンのアルバム『オペラ座の夜』の楽曲に乗せ、『ロミオとジュリエット』の後日譚が描かれる。しかも舞台はイギリスから源平合戦時代の日本に移され、演じるのは松たか子や上川隆也、広瀬すず、志尊淳などそうそうたる日本人キャスト――。
劇作家・演出家・俳優の野田秀樹のケレン味あふれる大作『「Q」:A Night at the Kabuki』は2019年に初演された舞台の再演だが、今回は日本国内での公演に加え、9~10月にはロンドンと台北でも順次上演されている。
『Q』は極限までサラダボウル的混交を高めた物語で観客の度肝を抜く。悲恋に裂かれたロミオとジュリエットが生き延び、30年を経て若い頃の2人と時を越え「合流」するアクロバティックな展開は序の口。
2人の過去と未来、西洋と東洋、中世と近現代、ネット社会と届かない手紙、言葉遊びと身体表現、シリアスと笑いの交錯の果てにたどり着くのは、シェイクスピアの原典をある意味で越える人類史的スケールの痛ましい結末だ。
なぜ野田は東西要素ごたまぜの一大叙事詩を世に送りおおせたのか。海外公演や英語劇の発表など国外での活動も順調な野田だが、20代で売れっ子になった頃は「海外でやれる、と考えたことはなかった」と言う。
転機は1987年、イギリスのエディンバラ国際芸術祭に招かれ、主宰劇団「夢の遊眠社」の作品を上演したこと。そこには「日本とクオリティーの違う、観客席を含めて演劇を愛する力があった」。英演劇界の豊かさをもっと経験したい気持ちが芽生えた。
「生涯一の大酷評」からの逆転
92年に36歳で劇団を解散すると、文化庁の留学制度を使い単身渡英。言葉のハンディがあるなか、役者としての自身の強みである身体性を生かせるロンドンの劇団のワークショップに参加し、1年後に帰国。その後も同地の演劇関係者と交流を深めた。
その経験は2003年、まず自作『赤鬼』英語版、『RED DEMON』のロンドン公演という形で芽吹いた。ところが、英メディアからは「生涯で一番の大酷評」を浴びる。これより前にタイでの公演を成功させ、鬼という「異邦人」への差別はテーマとして海外で問う価値があるという感触もあった。だが生硬な翻訳で日本語版のニュアンスを伝え切れず、また「イギリス人が差別者だ、という印象を与えてしまった」。
しかし収穫もあった。人種的マイノリティーを中心に好反応があり、後に何度も野田作品に出演するギリシャ系の英俳優、キャサリン・ハンターも次作への出演を熱望した。
反省を踏まえ、筒井康隆の短編を題材とした次作『THE BEE』はイギリスでワークショップを重ね、一から構築。戯曲を英語で書き下ろし、西洋文化の解釈の検証を、俳優たちやアイルランド系の劇作家コリン・ティーバン(共同脚本)と重ねていった。
初演は06年。互いの家族を人質に取り合う男たちの不条理劇に9・11事件後の報復が連鎖する時代をダブらせ、ハンターや野田が男女の配役を逆転させ演じた。