「中身は空っぽのアイドル」の呪縛から、ついに解放されたハリー・スタイルズ
Shrugging Off Rock Stardom

スカートをはいたりネイルをしたりと、ファッションも突き抜けた感があるハリー GILBERT CARRASQUILLOーGC IMAGES/GETTY IMAGES
<ワン・ダイレクションからの脱皮に必死だったハリー・スタイルズが、余計な力みを捨てた新作『ハリーズ・ハウス』で輝きを放つ>
あの頃の私はとても老いていた。今はあの頃よりずっと若い――。ハリー・スタイルズ(28)のニューアルバム『ハリーズ・ハウス』を聴いて、ボブ・ディランの名曲「マイ・バック・ペイジズ」の一節が思い浮かんだ。
スタイルズと言えば、活動休止中のイギリスの男性アイドルグループ「ワン・ダイレクション」の超人気者。それだけに、これまでソロとして発表した2枚のアルバムは、ロックミュージシャンとして認めてもらおうと必死になりすぎている感があった。
無理もない。昔からこの手のグループ出身者は、ロックの熱狂的なファンからも、ラジオ番組のプロデューサーからも、「中身は空っぽの商品」と見下されてきたのだから。だが、スタイルズはどんな元アイドルよりも21世紀のロックスターの資質を持つ。
彼は才能あるシンガーであり、聴衆の感情を揺さぶる才覚にもたけている。ファッションセンスも、ステージ上で放つカリスマ性も、音楽センスも抜群だ。時代の流れにも敏感で、その点はジェンダーの枠にはまらないビジュアルに表れている。
しかも10代の時にタブロイド紙のネタにされ続けたスタイルズは、ポップスターとしての過度なメディア露出を避けてプライバシーを守っているため、今のカルチャーシーンで最も得難い「神秘的な雰囲気」をまとうようになった。
過去のスターのまねより独自路線
2017年のソロデビュー作『ハリー・スタイルズ』と、2作目の『ファイン・ライン』(19年)は、それなりに優れたアルバムだった。ご機嫌なサウンドに巧みな構成とパフォーマンス、それに素晴らしい楽曲もいくつかあった。
だが、そこには壮大なクラシックロックを装っているという大きな欠点があった。スタイルズは最新作で、それをすっかりそぎ落とした。
自分よりもずっと若いビリー・アイリッシュ(20)の活躍を見て、もう自分はポップス界の若手有望株の座を争う立場にないことに気が付いたと、スタイルズは最近のインタビューで語っている。おかげで肩の力が抜けたのか、『ハリーズ・ハウス』はロックやファンクなどさまざまなスタイルを取り入れた緩い仕上がりになっている。
スタイルズのソングライティングも、エルトン・ジョンやスティービー・ニックスなど1970年代のシンガーソングライターのテンプレートを懸命に(しかし不鮮明に)なぞっていたときよりずっといい。支離滅裂に感じられるときもあるが、かえって人間的な魅力にもなっている。