水俣病を象徴する「あの写真」を撮った写真家の物語『MINAMATA─ミナマタ─』
An Unending Fight
だが、今年2月に予定されていたアメリカ公開は延期されている。理由はおそらくデップの私生活にある。
デップは元妻アンバー・ハードと離婚関連の裁判を続けており、昨年11月には「DV夫」と報じた英タブロイド紙との名誉毀損裁判で敗訴。そのせいでハリウッドからボイコットされ、米公開ができていない、と彼は8月に英サンデー・タイムズ紙のインタビューで示唆している。監督・脚本のアンドリュー・レビタスも配給会社MGMに対し、「出演俳優の私生活を理由に映画は葬り去られた」と抗議の手紙を送ったという。
世界を揺さぶった1枚
一方、日本では映画公開を機に、長らく絶版だった写真集『MINAMATA』が新たに出版された。ミケランジェロのピエタ像を思わせ、水俣病の被害を象徴する『入浴する智子と母』も収められている。世界を揺さぶった1枚だが、98年以降は遺族の意向を受けアイリーンが公開を止めていたものだ。
この写真の撮影風景は映画のハイライト。実物の写真も登場する。アイリーンが「作品のメッセージをきちんと伝えるにはあの写真が必要だと判断し、短く画像を挿入することを認めた」ためだ。
伝記映画ではどこまで事実なのかがしばしば話題になるが、本作にも脚色があることを付け加えておく。ユージンらがチッソの付属病院に忍び込む場面や、チッソの社長がユージンに取引を持ち掛ける場面には驚愕するが、実はどちらもフィクション。時系列にも史実と違うところがある。
しかし、「実際と異なる点はたくさんあるが、一番大切なのはあの出来事から目をそらさないことだと思う。今も続く問題だと映画を見た人たちが感じ、何かが変わるきっかけになってくれたら」と、アイリーンは言う。
水俣病が公式に確認されたのは56年だが、政府が原因を特定した68年まで水銀の流出は続いた。患者家族がチッソを相手に起こし全面勝訴した第1次訴訟が69~73年(映画で描かれたもの)、水俣病被害者救済法(特措法)が成立したのは2009年のことだ。
多くの日本人にとって水俣病は教科書で習った、過去の出来事のように思えるかもしれない。だが実際には、救済を求める複数の裁判が今も闘われている。そのことは映画の最後でも改めて気付かされる。ミナマタはまだ終わっていない、と。
『MINAMATA─ミナマタ─』
監督╱アンドリュー・レビタス
主演╱ジョニー・デップ、美波
日本公開中