ラッパーECDの死後、妻の写真家・植本一子が綴った濃密な人間関係
ミツがこうして隣にいてくれることにまた涙があふれ、ずっと気になっていたことを聞いてみた。石田さんについてどう思ってる? ミツは石田さんに一度も会ったことがない。ミツと出会った時には石田さんはもうこの世にいなかった。同じ部屋で一緒に眠るようになったが、もしかしたらこれだって、ミツからすると、とても失礼なことなんじゃないか。そして石田さんにも。私は誰のことも大切にできていないのかもしれない。(中略)
「ここに来るようになってすぐ、家に誰もいなかった瞬間があって。その時にはまだ骨壷が置いてあったから、よろしくおねがいしますって挨拶したよ」
私は知らなかった。ミツの中には、ちゃんと石田さんがいた。(193〜194ページ「二〇一八年 十一月」より)
日記なのだから当たり前だが、本書には結末めいたものがあるわけではない。著者と娘たち、そしてミツとの日常が淡々と続いていき、石田さんの命日にあたる2019年1月24日の記述で終わるだけだ。
だから、とりたてて感動的なラストは訪れないし、最後の最後に問題が起こるわけでもない。ただ、「いま」がこれから先も続いていくのだろうなと思わせるにすぎない。
しかし、だからこそ本書は――というより著者の本すべてに言えることなのだが――心に"なにか"を残してくれる。"なにか"のかたちは人それぞれ異なるだろうが、例えば私の場合、読み終えた後には「ていねいに生きる」ことの大切さを改めて感じた。
『台風一過』
植本一子 著
河出書房新社
[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に「ライフハッカー[日本版]」「東洋経済オンライン」「WEBRONZA」「サライ.jp」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、「ダ・ヴィンチ」などにも寄稿。『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)をはじめ、ベストセラーとなった『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)など著作多数。
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