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「人間」ヒトラーと向き合うドイツ

70年代にお蔵入りになったドキュメンタリー映画の再上映で浮かびあがったドイツ人の変化

2010年12月9日(木)17時24分
デービッド・ウロエ

過去と向き合う ドイツではナチス時代を再検証する動きが高まっている(「ヒトラーとドイツ人」展の展示) Fabrizio Bensch-Reuters

 1973年のカンヌ国際映画祭でドキュメンタリー映画『スワスティカ(まんじ)』が上映されると、館内で小競り合いが始まり、スクリーンめがけて椅子が投げられた。「大混乱だった」と、フランスで生まれでロサンゼルス在住のフィリッペ・モーラ監督は振り返る。「怒鳴り声が響き、物が飛び交っていた。上映は中止され、誰かが表に出て『皆さん、ここはカンヌ映画祭だ。ビアホールじゃない』と叫んだ」

 これほどの怒りを引き起こしたのは、モーラの作品がアドルフ・ヒトラーの「人間らしさ」を描いているように映ったからだ。ヒトラーがオーバーザルツベルクの山荘でくつろぐ未公開のホームビデオ映像(主に愛人のエバ・ブラウンが撮影した)を使うことで、『スワスティカ』はお決まりの「悪魔」のイメージを打ち砕いた。
 
 映画の中で、ヒトラーは愛犬を抱きしめ、子供たちと遊び、『風と共に去りぬ』について語り合う。観客は拒否反応を示し、映画は事実上、お蔵入りとなった。
 
 その『スワスティカ』が先月、ベルリンのフンボルト大学で上映された。ドイツ国内で上映されるのは初めてのことで、観客の多くは若者層。彼らは物を投げつけることもなく、辛辣な皮肉に笑い声を上げられるほど落ち着いた様子だった。上映後の質疑応答も、礼儀正しい雰囲気に満ちていた。

 これは、ナチスの歴史に対するドイツ人の考え方が変化し続けていることの表れだと、モーラは言う。さらに、ホロコーストを推し進めたナチス政権に多くの一般国民も従ったのはなぜか、といった重要な疑問にいまだに答えが出ていないことの証でもある。

米国防総省で放置されていた映像

 80年代まで西ドイツ(当時)でナチスが議論されることはまずなかったと指摘するのは、画期的な展示会「ヒトラーとドイツ人」の共同キュレーター、シモーネ・エルペル(この展示会も『スワスティカ』の再上映と同じく、ナチス時代を再検証する動きの一つだ)。
  
 ヒトラーを映画で取り上げることは、90年代後半までタブーだった。だが、「人間」ヒトラーをときには同情的にさえ描いた04年の『ヒトラー 最後の12日間』や、07年のコメディー映画『わが教え子、ヒトラー』などの問題作がタブーを打ち破った。

「『スワスティカ』は時期が早すぎた」と、フンボルト大学での上映会後にエルペルは語った。「70年代前半以降、多くの変化があった」

 ベルリンのドイツ歴史博物館で開催中の「ヒトラーとドイツ人」展では、一般のドイツ人がナチスのプロパガンダに熱烈に協力した様子が展示されている。もし73年にこの展示を行っていたら、『スワスティカ』と同じ目にあっただろうと、エルペルは言う。「30年前には、ドイツ人はこうした事実に向き合う準備ができていなかった。一般市民とナチスは違うという伝説を作り上げ、『祖父はナチス党員でなかったから殺人者ではない』と言ったものだ」

 モーラがヒトラーのホームビデオ映像をスパイ小説さながらに見つけ出した経緯を知ると、73年に『スワスティカ』に向けられた怒りが一層悲しく感じられる。

 モーラは『スワスティカ』以降も、B級ホラー映画『ハウリング』シリーズの第2、第3作、デニス・ホッパー主演の『マッド・ドッグ・モーガン 賞金首』、クリストファー・ウォーケンのSF映画『コミュニオン/遭遇』などを発表し、カルト映画監督として活躍している。だが『スワスティカ』を撮影した当時は若干23歳。ライプチヒ生まれの父親には、ユダヤ人だという理由で1930年代にフンボルト大学を退学させられた過去があった。

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