最新記事

海外ドラマ

悪徳ヒーローがテレビで大暴れ

目的のためには脱法行為も辞さない、ダーティーな主役が人気の理由はブッシュ政権?

2009年4月7日(火)16時56分
ジョシュア・オルストン(エンターテインメント担当)

 人気コメディードラマ『オフィス』の最近放映されたエピソードで、無能な上司マイケル・スコットは社内の宿敵を陥れようと、デスクの引き出しに大麻を入れ、警察が見つけるように仕組む。作戦の途中で、さすがに気がとがめたマイケルは「これって、せこい手だよな」とつぶやく。でも「まあ、目的が正しければ汚い手を使ってもいいってことさ」。

 結局のところ、マイケルの作戦は失敗する(彼が大麻と信じて買ったのは、ビニール袋に入ったサラダ用の野菜だった)。

 この筋書きもおかしいけれど、それ以上におかしいのは、似たような筋書きが『デクスター』と『ザ・シールド』、それに今後放映される『ダメージ』のエピソードにもあることだ。目的のためには手段を選ばず、非合法のドラッグだって使う――そんなキャラクターは近ごろのドラマでは珍しくない。今の時代は、動機が正しければ悪に手を染めても許される。

 今から1年半前、アメリカの視聴者は『ザ・ソプラノズ』の最終章で、画面が真っ暗になった瞬間、主人公のトニー・ソプラノは死んだのか生きているのかと気をもんだものだ。今や、トニー(いや、少なくともトニーがその先駆けとなった典型的なアンチヒーロー)が、ドラマの世界でしたたかに生きていることは明らかだ。

もはやお約束の展開に

『24』の拷問大好き捜査官ジャック・バウアー、『デクスター』のイケメン連続殺人鬼デクスター・モーガン、『マッド・メン』の二つの顔をもつ広告マンのドン・ドレイパー。こうしたワルが今やエミー賞候補の常連だ。

 確かに登場人物の心の闇に迫ることで、近ごろのドラマは映画以上に深みをもつようになった。だが、単純な正義のヒーロー像を避けようとするあまり、倫理的に問題ありの人物像へと、振り子が振れすぎてはいないだろうか。

 覚えているだろうか。『ソプラノズ』で、娘につき合って大学を見に行ったトニーが裏切り者を絞殺する場面。あの場面に私たちはひどくショックを受け、興奮した。だが今や、ドラマの主役たちは大義のためなら平気で暴力を振るう。かつての「大胆な展開」は「お約束の展開」になってしまった。

 ブッシュ政権の8年間が、視聴者をアンチヒーロー崇拝に向かわせたという議論も成り立つだろう。いかがわしい情報操作、テロ容疑者に対する拷問、令状なしの盗聴......。怪しげな背景で始まった「正義の戦争」が続くなか、私たちはいま権力の論理に潜む本当の動機に迫りたいと思っている。

 本当の動機が不明な人物といえば、法廷ドラマ『ダメージ』のやり手女性弁護士パティ・ヒューズもそうだ。罪のない人々を苦しめる企業と徹底的に闘うが、その目的のためには罪のない人(や動物)を苦しめることもいとわない。

 さらには『レバレッジ』のネーサン・フォード。彼は強欲な企業に食いものにされる庶民を助ける株式取引の仕手集団のリーダーだ。「ワルが最高の善玉になることもある」と劇中のフォードは言う。そうかもしれないが、今シーズンのTVドラマのラインアップをみるかぎり、今はワルだけが善玉になれる時代らしい。

 一発当たれば、二匹目、三匹目のドジョウをねらうのはハリウッドの常套手段。『サバイバー』の二番せんじがどっと生まれたことでも明らかだ。ただしアンチヒーローものの場合、二番せんじにも注意がいる。ヒーローの非道さやドラマの緊迫感をむやみにエスカレートさせると困ったことになる。

『24』や『デクスター』のファンならおわかりだろう。シーズンの最終回を迎えるたびにこう思ってしまう。「うーん、今シーズンも面白かったけど、ここまで派手にやってしまったら後は何が残されているの?」

『24』の視聴者は、放送開始からここ何年か、今にもテロの恐怖が世界を襲うとドキドキしっぱなしだった。だが、シーズン6ではとうとうアメリカで核テロが起きてしまった。この先まだ緊迫感を保てるかどうか、次のシーズンが気になるところだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエル、ハマスが人質リスト公開するまで停戦開始

ワールド

韓国尹大統領に逮捕状発付、現職初 支持者らが裁判所

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 8
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 9
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 10
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中