変動相場制は新興国の万能薬にあらず──元チリ財務相が解説
FLEXIBLE RATES NO PANACEA
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<新興国の金融市場安定には変動相場制以外にも必要なことが──元チリ財務相のアンドレス・ベラスコが解説する>
第2次大戦後の復興をグローバルに支えたブレトンウッズ体制が終焉を迎えてから半世紀がたつ。いわゆる「金ドル本位制」が放棄され、1973年3月までには主要通貨の大半が変動相場制に移行していた。
そして1990年代以降は、新興諸国でも変動相場制に移行する動きが目立った。外的な要因に振り回されず、自国の経済状況に合わせて国内の金利を設定したいと思えばこその対応だった。
だが新興国の場合、変動相場制だけで「外的な要因」を遮断することはできない。ロンドン・ビジネススクールのエレーヌ・レイは、たとえ変動相場制に移行してもアメリカの金利やドルの相場に振り回されることが多いと指摘している。
中央銀行が金融引き締めでインフレを抑えようとしても、外資の流入が増えてしまう。その逆もまたしかり。結果、期待していた金融政策面の独立は実現できない。また新興国への資本流入の主な要因は外部環境で、国内政策は二次的でしかない。
つまり、新興国にとって変動相場制の現実は必ずしもバラ色ではない。ただし、まったく無益というわけでもない。
カリフォルニア大学バークレー校の経済学者モーリス・オブストフェルドらは最近の論文でこの点を指摘している。彼らによれば、国際情勢の変化が新興国の金融市場に及ぼす影響は為替の体制に依存しており、固定相場制の国は変動相場制の国に比べて、ドル高時にGDPや投資、株価が急激に下がるという。理由は単純で、固定相場制を維持するにはドル高に合わせて国内金利を大幅に引き上げざるを得ないからだ。
94年のメキシコ通貨危機と、その3年後のアジア通貨危機を経験した新興諸国は、外的な要因で自国通貨の価値が急落するたびに自国通貨建て債務の返済費が膨張し、国内企業が苦境に陥ると考えた。
この考えは、当時は説得力があるように思えたが、今は違う。新型コロナウイルスのパンデミック期に新興国の通貨が急落しても、金融危機は起きなかった。
なぜか。理由の1つは、リスク回避の金融商品が予想以上に出回っており、新興国の企業や銀行も利用していることだ。そしてもう1つ、国内金融市場の厚みが増している事実がある。その結果、ブラジルやチリ、トルコなど、多くの国が自国通貨建ての債務に軸足を移している。