最新記事

知的財産

研究所にしかないはずの愛媛の高級かんきつ、中国が勝手に生産 日本への視察団が堂々と盗んでいた

2023年1月13日(金)12時25分
窪田 新之助(農業ジャーナリスト)、山口亮子(ジャーナリスト) *PRESIDENT Onlineからの転載

厄介なことに、中国で「愛媛38号」が普及しているのは四川省だけに収まらない。中国版「ウィキペディア」である「百度(バイドゥ)百科」によれば、湖北省、湖南省、浙江省、福建省でも産地化されている。つまり、上海のすぐ隣の沿海部からチベット自治区に近い内陸部まで、東西およそ2000キロ、南北数百キロにわたって産地が点在する。直線距離だけでいえば、北海道の最北端から九州の最南端までが約1900キロだから、それよりも長い。もちろん、一つの品種や系統がこれだけの範囲で広がっている事例は日本ではない。

「愛媛38号」は、中国ではしばしば"フルーツのトップスター"として持ち上げられてきた。そもそも中国全土のかんきつ生産量は5000万トンを超えており、世界で1位である。1980年には100万トン程度だったのが、経済発展とともにすさまじい勢いで生産を伸ばし、リンゴを抜いてフルーツの中で1位になった。そんな「かんきつ帝国」中国のネット通販で頭角を現したのが「愛媛38号」なのだ。

1998年に「研究団」と称して30以上の品種を持ち帰る

中国・四川省発のニュース記事によると、このかんきつを丹棱県にもたらしたのは、現地で活躍する果物の専門家である譚後根氏だという。譚氏は、同県の農業局副局長を務め、県政府によって「丹棱かんきつの父」とたたえられている。人気のあるかんきつ「不知火(しらぬひ)」の普及でも知られる。これは、日本では「デコポン」として名が通っている。

農水省所管の研究機関である「国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構(以下、農研機構)」が開発し、「熊本県果実農業協同組合連合会(JA熊本果実連)」がその商標の登録を済ませ、人気に火が付いた品種だ。

譚氏は、1998年に研究団を引き連れて日本から30以上の"新品種"を持ち帰り、適性を試した。そのなかに含まれていた「愛媛38号」では現地で接ぎ木をして、果実を実らせることに成功した。

その特徴は、皮が薄く、果汁が多いこと。ただ、知名度がなく安値のわりに、生産費がかかるとして、現地の農家には歓迎されなかった。果汁の滴る瑞々しさというこのかんきつの付加価値が理解されるには、中国人の経済力がもう少し上がるのを待たねばならなかった。

「愛媛38号」は後年になって、「果凍橙」なる愛称が付けられたことで、ネット上で注目を集めるようになる。「果凍」はゼリーの意味で、それだけ瑞々しいことを表す。果実を半分に切って握り潰し、果汁を勢いよく飛び散らせる。あるいは、果実に直接ストローを突き立て、そのまま果汁を吸えるとアピールする。こうした宣伝動画が話題を呼び、2020年時点の現地価格はかつての10倍の500グラム10元(当時の為替レートで155円)まで上がったという。

なお、譚氏は長年にわたるかんきつの生産振興の功績により、中国の最高行政機関である「国務院」から終生の生活手当を受けている。

中国の「愛媛38号」が別物である可能性はほぼゼロ

「中国で別のかんきつに愛媛38号の名前を勝手につけて、流通している可能性もあるとは思います......」

先ほどの取材で、愛媛県の農業担当者は、そうであってほしいと祈るような口調でこう付け加えていた。同県にとって、育成したかんきつの種苗が中国に無断で流出することは、脅威である。すでに述べたように、安価な中国産の「愛媛38号」が輸出されて人気を博せば、同県産のかんきつの輸出機会を損ないかねない。だから、信じたくない気持ちは分からなくはない。

とはいえ、別物である可能性は限りなくゼロである。そう言い切る理由は二つある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米国との建設的な対話に全面的にコミット=ゼレンスキ

ワールド

米、ロシアが和平合意ならエネルギー部門への制裁緩和

ワールド

トランプ米政権、コロンビア大への助成金を中止 反ユ

ワールド

ミャンマー軍事政権、2025年12月―26年1月に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 2
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題に...「まさに庶民のマーサ・スチュアート!」
  • 3
    「これがロシア人への復讐だ...」ウクライナ軍がHIMARS攻撃で訓練中の兵士を「一掃」する衝撃映像を公開
  • 4
    同盟国にも牙を剥くトランプ大統領が日本には甘い4つ…
  • 5
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 6
    うなり声をあげ、牙をむいて威嚇する犬...その「相手…
  • 7
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 8
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアで…
  • 9
    ラオスで熱気球が「着陸に失敗」して木に衝突...絶望…
  • 10
    【クイズ】ウランよりも安全...次世代原子炉に期待の…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 3
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題…
  • 8
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 9
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 10
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 4
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 10
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中