研究所にしかないはずの愛媛の高級かんきつ、中国が勝手に生産 日本への視察団が堂々と盗んでいた
一つ目は、もし別物であれば、愛媛県のごく一部の関係者以外は誰も知らない「愛媛38号」と名付ける意味がないからである。ブランドとして価値がない系統名を付けて、普及することに積極的な理由は見出せない。
二つ目は、普及した譚氏が愛媛から持ち帰ったと認めているのだ。これは、なによりも確かな証拠である。
おそらく、愛媛県の農業担当者も、それは十分に承知なのだ。それでも認めたくない胸の内を推察するに、無断流出という本来あってはならない現実が起きていれば、責任問題に発展しかねないし、場合によっては身内の関与まで疑う事態になりかねないからではないか。行政職員のOBが海外の産地から営農指導のコンサルタントとして招かれ、ついでに自県の種苗を無断で持ち出したという噂は、ときどき流れてくる。
農産物の流出は死活問題
愛媛県にとって、農産物のなかでもかんきつは特別である。同県の農業産出額は1226億円(2020年)。このうちかんきつは367億円と全品目のなかで1位で、全体の30%を占める。ただし、このかんきつの産出額には「紅まどんな」や「甘平」のような比較的新しい品種が入っておらず、これらも含めると、その農業産出額はもっと高いはずだ。かんきつの生産量(21万トン)と産出額は和歌山県を抑えて、ともに日本一を誇る。
とくに強みを持つのが、温州みかんの収穫が終わった1~5月ごろに出回る「中晩柑(ちゅうばんかん)」だ。愛媛県を代表する中晩柑といえば「いよかん」。最近の品種でいえば「紅まどんな」や「甘平」がそうだ。
ここ30年間ほど(1990~2020年)の愛媛県の生産量を見ると、かんきつ全体は4割近く減る一方、「紅まどんな」や「甘平」を筆頭に中晩柑の生産量は急速に伸びている。生産されている中晩柑は40種類あり、ライバルである和歌山県の29種類、熊本県の24種類に比べて抜きんでて多い。そして、問題の「愛媛38号」も中晩柑の一つだ。
同県内の農家が高付加価値の中晩柑に生産を切り替えたことで、かんきつの産出額は横ばいである。ただし、国民1人当たりの消費量は減少基調にあるうえ、人口減少で国内市場の縮小が続くと予想されている。そこで、同県は香港や東南アジア、台湾などへの輸出を後押ししている。愛媛県産のかんきつの輸出量は、2010年度に15.7トンだったのが、2021年度には107.2トンと、約7倍に増えた。なお、この数量には県が把握しない分もあるので、実際の輸出量はさらに多いとみられる。
それだけに、愛媛県にとって自県が育成したかんきつが海外、とくに中国で産地を形成しては困る。なぜなら、中国でもかんきつは国内向けが飽和状態になりつつあり、ここ数年は毎年100万トン前後を海外に輸出しているからだ。その延長線として、日本へ逆輸入される可能性は否定できない。
日本は知的財産の保護に無関心だった
これは杞憂(きゆう)ではない。過去には山形県が開発したサクランボ「紅秀峰(べにしゅうほう)」の事例がある。同県内の農家から枝を譲り受けたオーストラリア人が現地で大規模に栽培し、日本に逆輸入しようとしたことが2005年に発覚したのだ。同県がオーストラリア人を種苗法違反で刑事告訴し、品種登録期間の終了後3年は日本に果実を輸出しないことで和解している。
愛媛県が開発し中国に無断流出しているのは「愛媛38号」だけではない。「紅まどんな」「甘平」「媛小春(ひめこはる)」の種苗も、中韓の販売サイトで出回っている可能性がある。
理解に苦しむのは、なぜ「愛媛38号」の無断流出に愛媛県が気づかなかったのかということだ。中国で広範囲に産地が形成され、ネットに情報があふれているにもかかわらず、取材を受けるまで流出を把握していなかった。1998年とされる中国への持ち出しから20年以上知らないままだったというのは、自らの知的財産を保護することに関心がなかった現れである。それは、次のような話からも見て取れる。