10年赤字の老舗和菓子屋を変えた6代目は元ギャル女将 「溶けない葛粉アイス」など映える新作で起こした奇跡

2022年4月5日(火)12時45分
川内イオ(フリーライター) *PRESIDENT Onlineからの転載

店頭に並ぶ「葛きゃんでぃ」

店頭に並ぶ「葛きゃんでぃ」。色鮮やかなパッケージが目を引く 撮影=筆者

追い風に乗り切れなかった日

その年の夏から売られ始めたポップなデザインの葛きゃんでぃが一気に人気商品となって......という展開にはならない。お祭りの時と違い、お店に来た人しか存在に気付かないから、「ちょこちょこ売れる」程度だった。

変化のない毎日のなかで、空気が抜けた風船のように、榊のやる気は少しずつ萎んでいった。

「アパレルと違って、和菓子店は既存のお客さんが大半なので、新規のお客さんに声をかけることはあまりありません。店頭でお得意さんを待つだけの生活では、自分のいい部分がまったく活かされてないなと思うようになって」

榊は、「お店から出られないなら、せめてネットで外の世界とつながろう」と、自身のSNSでの発信に力を入れ始めた。するとフォロワーが増え、企業から撮影の仕事や、ホテルのアンバサダーをしてほしいという依頼が入るようになった。それは、榊にとって大きな刺激になった。

迎えた2018年9月、突風のような追い風が吹く。ゴールデンタイムのテレビ番組で葛きゃんでぃが紹介されたのだ。

事前に放送日を把握していたこともあり、テレビを観た遠方の人でも購入できるように、榊は「をかの」のネットショップを事前に立ち上げた。

しかし当日、番組が放送されると予想を超えるアクセスが殺到し、サーバーダウン。多くの注文を逃してしまい、結果的に、電話や店頭で受け付けした分も含めて、1週間で500件ほどの注文にとどまった。榊はネットで自社の和菓子を直販できるという手応えを得たものの、「失敗した」という感覚が拭えなかった。

10年間ずっと赤字...数字を学んで気づいた経営危機

「をかの」で働き始めてから3年半が経った2019年の秋、榊はしっかり経営を学ぼうと考え、経営塾に通い始めた。そこで数字の見方を学び、初めて「をかの」の決算書を手にした時、目を疑った。過去10年間、ずっと赤字だと初めて知ったのだ。

「これはヤバすぎる! 本気でやらなきゃ!」

明治時代から130年以上続いてきた老舗の跡取りとして、それまでどこかのんびりと構えていた榊は、目の色を変えた。しかし、簡単に解決策が浮かぶはずもなく、右往左往しているうちに新型コロナウイルスのパンデミックが発生。お店の売り上げがガクンと落ち、「なんとかしなきゃ!」と本気で慌て始めた時、ホテルのアンバサダーの仕事で知り合った人から「BASE(ベイス)を使ってみたら?」と言われたことを思い出した。

BASEは、無料でネットショップを開設できるサービス。「をかの」のネットショップはあったものの、簡易な作りで以前にサーバーダウンして絶好の商機を逃したこともあり、榊は改めてBASEでネットショップを立ち上げた。そして、「をかの」の商品のなかでも榊が一押しのいちご大福を購入できるように設定し、自身のインスタグラムで告知したところ、3日間で200件の注文が入った。

上々な滑り出しを喜んでいたところに連絡があったのが、冒頭に記したテレビ番組の話。放送当日まで、「タイミングよくネットショップを整えておいてよかった」とテレビ効果に期待していた榊だが、「お取り寄せもできる中山道の新名物ベスト5」で1位に選ばれ、怒涛のごとく注文が入り始めてからは青ざめた。

その後の顚末は、前述の通り。冷静に考えれば誰のせいでもないのだが、榊はすべて自分の責任だと落ち込み、一度はうつ状態に陥った。葛粉の問屋に感謝されたことでなんとか気持ちが切り替わり、「次に同じようなことがあったら、みんなで笑えるようにしよう」と奮起する。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエル、ハマスが人質リスト公開するまで停戦開始

ワールド

韓国尹大統領に逮捕状発付、現職初 支持者らが裁判所

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 8
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 9
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 10
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中