10年赤字の老舗和菓子屋を変えた6代目は元ギャル女将 「溶けない葛粉アイス」など映える新作で起こした奇跡
モヤモヤした思いを抱えながら、1週間が過ぎた。自宅からコンビニに向かっていたら、向かい側から小学校の同級生の母親が歩いてきて、「久しぶり! 元気?」と声をかけられた。
「今、なにしてるの?」
「大学に行ってます」
「そうなの⁉ お店継ぎなよ!」
「え⁉ なんでですか?」
「小学生の時にそう言ってたじゃん。いまだに、あれは良かったよねって話題になるんだよ」
榊は驚いた。なにもおぼえていなかったのだ。すぐ家に引き返し、小学校の卒業式の時に撮ったビデオを引っ張り出した。再生すると、幼い自分がカメラに向かって一生懸命に話していた。
「お父さんとお母さんがやっている仕事を、私もやりたい。それで楽させてあげたい」
その言葉を聞いた瞬間、身震いした。大学にも行かず、ダラダラとバイトしている今の自分と比べて、小学生の自分はまっすぐで、かっこいいと思った。
卒業式のビデオと同じように、存在すら忘れていた熱い想いが一気に溢れ出した榊は、その日の夜、両親に「学校を辞めて、私が店を継ぐ」と宣言。両親からは「大変だから、やめたほうがいい」と止められたが、翌日には大学に退学届けを出した。
2013年、19歳の7月だった。
不人気商品を生まれ変わらせたアイデア
大学を辞めていきなり家に戻っても、役には立てない。そう考えた榊は、短い学生時代に「唯一、ワクワクした」というアパレルのバイト先に、いきなり「就職させてほしい」と頭を下げた。
「自分に自信がなくて、自分が嫌いって思っていた時に、そこでバイトをしているのが唯一自分を保てる時間だったんですよ。私は人が好きだから、接客も楽しくて。販売の経験は、なにかに活きるだろうと思っていました」
バイト先のアパレル会社は、戸惑いながらも社員として採用してくれた。それから2年ほど、週6日、まじめにきっちり働いた。決して楽ではなかったし、伝説になるほど服を売ったわけでもないが、大学で目的を見失い、糸の切れた凧のようになっていた榊にとって「私も普通の人と同じように生きられるんだ!」という自信になった。
2016年3月、「をかの」に入社。まずは仕事を覚えようと店頭に立ち、和菓子を売った。そうすると、売れる商品、売れない商品がわかるようになる。
榊が目を付けたのは、葛ゼリー。「1日に1個も売れない日がざらにある」という不人気ぶりで、榊は両親に「売れないから、やめない?」と提案した。すると、病気から回復し、お店に戻っていた母が「おいしいんだけどね。あんただって、ゼリー好きだったじゃん」と言った。「いや、私が好きだったのはゼリーじゃなくて、凍らせたゼリーだよ」と答えた榊はハッとした。
近所のコンビニでバイトをしていた時、アイスの賞味期限が想像より長くて驚いた記憶がよみがえり、すぐに葛の問屋に電話した。「葛ゼリーを凍らせたらどうなりますか?」と尋ねると、「葛アイスという商品もありますよ」と教えてくれた。
これだ!
タイミングがいいことに、1週間後、地元でお祭りがある。そこでテスト販売しようということになり、父親が試作したアイスに「葛きゃんでぃ」と名付けて売ったら、ゼリーの時は1日に1個も売れなかったものが、2日間で1000本売れた。ふたりはすぐに「葛きゃんでぃ」の商品化を決定。包み紙などのデザインは、榊が担当した。
「当時、和菓子ってかわいいデザインのものがなかったんですよね。それで、自分が欲しいと思うものを売ったらいいだろうと考えました」