成功する情報発信に共通する「ナラティブ」とは、戦略PR第一人者が解説
分断が進むなか、高まりつつある「共体験」の価値
── ナラティブがビジネスの世界でこれほど重視されるようになった背景は何ですか。
背景としては、ニューノーマルの3つの変化が影響しています。それは、「共体験」の価値の高まり、「社会的距離」の見極め、「自分らしさ」が問われる状況です。
SNSの浸透により、誰もが気軽に発信できるようになり、似た価値観をもつ人たち同士の共体験が深まっています。一方で私たちは、ネットのアルゴリズムの影響やウイルスへの恐怖などによって、実際よりも自分と近い価値観の人たちに囲まれているように錯覚しやすくなっている。自分とは異なる価値観の存在に気づきにくくなり、排他的になりやすい環境に置かれているのです。これが「分断化」を加速させているのです。
そんな状況下でも社会全体を巻き込めるもの、それが一つ一つのストーリーの上位概念にあたるナラティブです。企業やブランド側に必要なのは、一方的に共体験を味わえる場を提供するのではなく、自分たちも共体験の輪のなかに入っていくこと。ナラティブを理解し実践することで、人々との深くて持続的な結びつきが生まれ、業績や企業価値の向上につながっていく。それがナラティブカンパニーの要諦です。
冷凍餃子の「手間抜き論争」がバズった理由
── 本書ではナラティブを企業価値向上につなげているナラティブカンパニーの事例が、パタゴニアやアマゾン、ネットフリックス、メルカリなど豊富に紹介されています。
いずれも示唆に富む事例ですが、マーケティングの観点でナラティブの実践をイメージしやすいのは、味の素冷凍食品の餃子の事例です。
発端は2020年8月にツイッターに投稿されたある女性のつぶやきでした。疲れて夕食に出した冷凍餃子に、夫が「手抜きだよ」と。それに対し、同社の公式ツイッターは次のような投稿をしました。「冷凍餃子を使うことは、手抜きではなく『手間抜き』です」「冷凍食品を使うことで生まれた時間を、子どもに向き合うなど有意義なことに使ってほしい」。もともと冷凍食品に対して「手軽だがあまりおいしくない」というネガティブなパーセプション(認識)があり、味の素冷凍食品もそれを変えることが大事な業界の課題だととらえていました。
また公式ツイッターの「中の人」は、企業やブランドの「存在意義」、つまりパーパスを理解している社員でした。同時に、ご自身も二児の母親で、「自分ごと」として本音を語る部分があったのでしょう。この投稿には約44万いいね!がつき、大反響を呼んだ。メディアでも大きく取材され、「手間抜き論争」は加速していきました。
もちろんバズって終わりではありません。その後、同社は「従業員が家庭のかわりに手間と愛情をこめてつくっている」ことを可視化する動画をわずか1か月で制作し、公開へ。こうして「手間抜き」ナラティブが浸透していった。これはネットフリックスでいうところの「社員が指示ではなくコンテキスト(文脈)で動く」を体現した事例だといえます。