失業率と平均時給が「同時に上昇」──コロナ不況の米労働市場で何が起きていたのか
この統計の動きには、平均値のトリックが隠されています。分かりやすくするために、労働者がA~Eさんの5人だけしかいない状況で考えてみましょう。平均値は、「データをすべて足したものをデータの個数(=統計学ではサンプルサイズと呼ぶ)で割った値」です。よって、A~Eさんの時給が表5-9の通りとすれば、平均時給は、全員分の時給を足して人数で割れば出てきます。つまり、次の計算により平均時給は2740円であることが分かります。
それでは、Aさん、Bさんが解雇されて失業中の場合、平均時給はどうなるでしょうか? AさんとBさんはそもそも働いていないので、「労働者の平均時給」の計算からは除外されます。その結果、時給の高いC~Eさんだけで平均を取ることになるので、平均時給は4167円と大幅に上昇します。
これと同じことが、2020年4月の米国で起きていました。新型コロナウイルスの急速な感染拡大によって社会活動が大幅に制限されるなか、ホワイトカラーは在宅勤務への移行が進みましたが、接客が必須なレストラン従業員など低賃金の労働者は大量解雇されました。職を失うことで低賃金の労働者が平均値の計算から外れたため、平均時給が伸びたのです。低賃金の労働者がかつてない規模で大量解雇されたことにより、失業率と平均時給の急上昇が同時に起こったのでした。このように、統計学が脳にインストールされていれば、数字の裏に隠れた世の中の動きをとらえることができます。そして、政府やマスコミの出す数字を自ら検証することもできるのです。
平均は本当に"平均的な姿"なのか
ただし、平均値は万能ではないという点も知っておく必要があります。例として、よくニュース等で話題になる労働者の所得について取り上げたいと思います。所得とは、収入から経費を引いた数字(サラリーマンの場合は、みなし経費が"給与所得控除"という名目で引かれる)のことで、つまりは税金を払う前の儲けのことです。単純に考えると、全国民の平均所得が「最も典型的な労働者の所得水準」を表しているような気がしますが、本当にそうでしょうか?
図5-10は、日本の労働者の所得分布を表しています。より具体的には、所得を水準によって区切ったときに、それぞれの水準に属する労働者の人数を棒の長さで表したものです。このように、データを区間ごとに区切り、各区間に入るデータの個数を棒の長さで表したグラフをヒストグラムと呼びます。図5-10は日本における所得のヒストグラムです。
ヒストグラムを見ると、年間所得200万円以上~300万円未満が最も人数が多いことが分かります。このように、ヒストグラムにおいて最も頻度が高い区間のことを最頻値(さいひんち)と呼びます。
最も出現頻度が高い値なので最頻値です。つまり、日本の労働者で最も多いのは所得200万円台ということになります。一方、所得の平均値はそれより高い552.3万円となっています。