アップルの猛禽文化と競争原理主義
世界中から集まった頭脳が食うか食われるかの出世競争を繰り広げるシリコンバレー。そこで勝ち残り大きな報酬を手にするには何が必要か、アップル本社の元シニアマネジャーに聞く
日本人は少ない カリフォルニア州クパティーノのアップル本社の入り口に立つ松井(2011年)
金融危機後も世界最高の頭脳と野心と資金を引きつけ続ける米カリフォルニア州のシリコンバレー。その中からさらに選りすぐりの才能を社内に囲って競争させるのが、アップルやグーグル、フェイスブックといったIT企業躍進の原動力だ。
スティーブ・ジョブズ復帰後の米アップル本社で2002年からの7年間、開発本部の品質保証部シニアマネージャーとして働いた体験を近著『僕がアップルで学んだこと』にまとめた松井博(46)は、超エリートたちが恥も外聞もなく出世競争に明け暮れるのを目の当たりにした。しかも、「共食い一歩手前」と松井が形容するこの競争は意図されたもので、アップルに限らず成功している米企業に共通する成長の方程式だという。
シリコンバレーでも抜きんでる頭の良さどういうことか、なりふり構わぬ出世競争がなぜ好業績につながるのか、日本人が彼らと伍して戦うためにはどうしたらいいか、本誌の千葉香代子が話を聞いた。
──アップル本社には頭のいい人が多かったということだが、どういう頭のよさなのか。
天才プログラマー以外で圧倒的に存在感があるのは、社内政治に長けたタイプ。頭の回転速くて口が上手く、交渉能力が極めて高い。僕は日本ではほとんど議論に負けたことがないのに、アップルではかなわない連中がごろごろいて驚いた。
──どんな議論?
普通の建設的な議論にも長けているが、一番うまいのは、責任のなすりつけ合いや手柄の取り合い。いかに相手の裏をかくか。どうやって自分の手柄というストーリーにするか。相手をねじ伏せてそのグループの仕事を取っちゃうとか。そういう政治的な議論。
僕は「猛禽類」と呼んでいるが、彼らは力も強いし飛ぶのも速い。アイビーリーグの大学院を抜群の成績で出てきて、出世に敏感。必要とあれば昨日の「友」もばっさり切って違う人と組む。
表面は皆ナイスなので最初はそれがよくわからず、人類みな兄弟というアプローチでいたら、手柄は取られ放題、責任もなすりつけられ放題。社内政治は日本でもあったがアップルに比べたら子供の遊び。周囲の人々をみな自分の出世の道具に使うまでに洗練されている人たちに会ったのは初めてだった。
人間の種類が違うから気をつけなくちゃ、ということには数カ月で気づいたが、対抗策となるとヒントを掴むだけでも1年半〜2年かかった。自分なりの立場を築けたと感じるまでにはさらに2年かかった。
──同じ社内でそんな足の引っ張り合いをするのは非生産的では。
たぶん企業としてゴールがしっかりしているからぶれないのだと思う。アップルはコンシューマープロダクツに特化して、企業向けの製品はやらないというはっきりした方針があり、製品数も大幅に絞り込んでいた。行先がわかっているから、蹴落とし合いをしながらもあらぬ方向へ迷い込まずにすむ。
──なぜ仲良く目標達成を目指してはいけないのか。
仲良しクラブって居心地はいいが競争がない。ぬるま湯だ。全員がドンマイ、ドンマイなんて言い合っていたら、失敗にもシビアに向き合わなくなる。
何のために会社で働くのか、という意識が全然違う。アップルが悪人ぞろいというわけではなくて、会社を離れたらいい友達になれた人もいる。でもアップルという箱のなかにいる以上は戦わざるを得ない。共食い一歩手前の戦いだ。やり過ぎたら会社はダメになるが、アメリカで業績のいい会社は業種を問わず、ずっとそのようにやってきたのだと思う。