アップルの頭脳流出が始まった
今、時は満ちたようだ。米投資銀行ニーダムのアナリスト、チャールズ・ウルフは個人的意見として、ジョンソンはクックよりアップルCEOに適任だったと言う。「ロンが退社するのは、彼にはCEOになるチャンスがなかったからか、本人にその気がなかったせいだろう」
後者の可能性も大いにある、とウルフは言う。「ジョンソンは何より小売りの仕事が好きで、自分こそ世界一の商人だと証明したがっていた」
本当のリスクは、アップルのほかの経営幹部も新たな挑戦を求めて会社を去りかねないということだ。出世し損なったわけでなくても、アップルで巨額の資産を築いた後では、彼らが新しいことをやってみたくなっても不思議はないからだ。
それに、ジョブズがCEOでなくなればアップルの仕事もそれほど面白くなくなるかもしれない。IBM出身のクックは有能な指導者だし、他の経営幹部にも尊敬されているというが、彼には天才たちを引き付けておくカリスマ性や魅力はない。
例えばアップルのデザイン部門の責任者で教祖的存在のジョナサン・アイブは、ジョブズの親友の1人。あまりに仲がいいので社内では2人まとめて「ジャイブズ」と呼ばれることもある。アイブは自動車マニアだ。もしどこかの自動車メーカーに、名門ブランドを生まれ変わらせてみないかと誘われたらどうするだろう。
ゲイツ退任時と同じ運命
ジョンソンはアップルに籍を置いた11年の間に4億㌦を稼ぎ、小売りの天才という名声をほしいままにした。
アップルが01年に最初の直営店をオープンしたとき、多くの専門家はせせら笑った。景気は悪いし、ゲートウェイをはじめ他のパソコンメーカーは店舗を閉めている最中だった。米ビジネスウィーク誌は「なぜアップルストアは失敗するか」という題の記事であるアナリストの見解を引用し「さんざん苦労して大損した揚げ句、2年で撤退するだろう」と書いている。
だが、アップルストアは大成功した。ニューヨーク5番街の店舗は09年までには、店舗面積比でティファニーを上回る利益を上げるようになった。
この成功はジョンソンに負うところが大きい。空間をふんだんに使った広々とした内装と、透明感のある美しい陳列台という斬新な店舗ビジョンは彼のもの。特別の訓練を受けたエキスパートが製品についての相談に乗ってくれる「ジーニアスバー」も彼の考えだ。
米ITコンサルティング会社クリエーティブ・ストラテジーズのティム・バジャリン社長は、ジョンソンは部下をよく鍛え上げたので、彼が去ってもアップルはまったく困らないだろうと言う。「ジョンソンは、自分が要らなくなってしまうような仕事の仕方をする男だ」
バジャリンによれば、ジョンソンは信じられないほど優れた小売りエリート集団を育ててきた。「ビジョンはロンのものだが、戦略は部下たちの中にたたき込まれているので1つだって失策を犯すことはないはずだ」
ほかの幹部も社外に飛び出すのだろうか。ビル・ゲイツがマイクロソフトのCEOを辞めたときはそうだった。彼に忠実だった多くの幹部が、もっと楽しい仕事を求めて出て行った。
もしジョブズが会社に戻らないと決心したら、アップルで同じことが起こってもおかしくない。
[2011年6月29日号掲載]