最新記事

貿易

タイヤ発、米中貿易戦争のジレンマ

オバマの中国製タイヤに対するセーフガード発動は危険だが、何も手を打たなければ中国重商主義が世界を支配しかねない

2009年11月18日(水)14時48分
ロバート・サミュエルソン(本誌コラムニスト)

 アメリカの大統領は長年、中国に悩まされてきた。世界に保護貿易を広げずに、暴利をむさぼる中国の貿易に対応するにはどうすればいいか。

 バラク・オバマ大統領は9月11日、中国製タイヤにセーフガード(緊急輸入制限措置)を発動し、3年間にわたって追加関税を課すことを決めた。現行関税に1年目は35%上乗せし、3年目に25%へと引き下げるやり方には、中国に対するジレンマが見て取れる。

 何も手を打たなければ事態は改善しない。だが過剰な制裁は、北朝鮮や金融規制などの問題における米中の協力関係を脅かし、より大きな貿易戦争を招く危険もある。

 160億ドル規模のタイヤ市場がなぜ米中貿易紛争の発火点になるのか。04〜08年の間に、中国製タイヤの占有率は4・7%から16・7%に増え、そのためにアメリカ製タイヤの価格は約19%下落した。同時期に米国内では4つのタイヤ工場が閉鎖され、5200人近くが失業。年末までには、さらに3つの工場と推定3000人の雇用が失われる可能性がある。

 セーフガードのメリットといえば、せいぜい雇用の安定をもたらすぐらい。これに対しても反対派は、中国製タイヤがなくなっても、インドネシアやメキシコからの輸入量が増えるか、稼働率の低い国内工場が増産する(つまり雇用は増えない)ことになるだけだ、と主張している。タイヤ価格が上がれば、消費者の財布のひもは締まる。市場規模は小さいが、経済へ思わぬ影響を与えるかもしれない。

人民元安を容認するのは危険

 当然ながら、中国は激しく反発している。セーフガード発動の根拠となったのは、「市場崩壊を引き起こす、またはその恐れのある」製品について苦情申し立てを行うことができると定めた、米通商法の中のあまり知られていない条項。米国際貿易委員会が定めた適用基準は曖昧だが、最終的な関税の設定には大統領の承認が必要となる。ジョージ・W・ブッシュ前大統領が4度反対したセーフガード発動に、オバマは同意した。

 タイヤ以外の鉄鋼や繊維、靴など対象が広がるのを恐れる中国は、対抗措置としてアメリカ製の自動車部品や鶏肉について反ダンピング調査を行うと発表。WTO(世界貿易機関)にも提訴した。

 こうした報復合戦は、世界規模の貿易戦争を引き起こしかねない。タイヤであれ鶏肉であれ、米中が輸入制限を行えば、自国市場への商品流入を恐れる他の国が同様の措置を取るかもしれない。

 中途半端に保護主義に手を出すのは危険なことだ。9月24・25日にピッツバーグで開催される20カ国・地域(G20)首脳会議(金融サミット)を目前に追加関税を発表すれば、保護主義との戦いはさらに困難になる。

 だが中国のやり方を容認するのもまた危険だ。中国の安い輸出品は多くの政策、とりわけ安い人民元の恩恵を受けている。安い人民元は中国製品の価格を引き下げる。米ピーターソン国際経済研究所のエコノミスト、ニコラス・ラーディーは、現在の中国の価格優位性は15〜20%と予想している。

 実際はそれ以上かもしれない。コーネル大学の経済学者エスワール・プラサドは、低利融資や政府補助金の充実も、中国製品の国際競争力を高めていると指摘する。

 世界経済が急成長を遂げていた間、中国の貿易黒字や外貨準備高は膨れ上がり、それが米国債に再投資され、その結果金利が下がって金融危機に一役買った。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米年末商戦、小売売上高昨年上回る ネット販売好調=

ワールド

カザフの旅客機墜落、ロシア防空システムが関与=アゼ

ワールド

ガザで報道車両に空爆、イスラエルは戦闘員標的と説明

ビジネス

米新規失業保険申請は1000件減の21.9万件、1
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2025
特集:ISSUES 2025
2024年12月31日/2025年1月 7日号(12/24発売)

トランプ2.0/中東&ウクライナ戦争/米経済/中国経済/AI......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊」の基地で発生した大爆発を捉えた映像にSNSでは憶測も
  • 2
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3個分の軍艦島での「荒くれた心身を癒す」スナックに遊郭も
  • 3
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部の燃料施設で「大爆発」 ウクライナが「大規模ドローン攻撃」展開
  • 4
    「とても残念」な日本...クリスマスツリーに「星」を…
  • 5
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
  • 6
    ウクライナの逆襲!国境から1000キロ以上離れたロシ…
  • 7
    日本企業の国内軽視が招いた1人当たりGDPの凋落
  • 8
    滑走路でロシアの戦闘機「Su-30」が大炎上...走り去…
  • 9
    世界がまだ知らない注目の中国軍人・張又俠...粛清を…
  • 10
    韓国Z世代の人気ラッパー、イ・ヨンジが語った「Small …
  • 1
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 2
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 3
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊」の基地で発生した大爆発を捉えた映像にSNSでは憶測も
  • 4
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 5
    ウクライナの逆襲!国境から1000キロ以上離れたロシ…
  • 6
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
  • 7
    おやつをやめずに食生活を改善できる?...和田秀樹医…
  • 8
    9割が生活保護...日雇い労働者の街ではなくなった山…
  • 9
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 10
    【駐日ジョージア大使・特別寄稿】ジョージアでは今、…
  • 1
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 2
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 3
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼンス維持はもはや困難か?
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 6
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達し…
  • 7
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田…
  • 8
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 9
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
  • 10
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中