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北朝鮮「テロ指定解除」の舞台裏

北朝鮮 危機の深層

核とミサイルで世界を脅かす
金正日政権

2009.05.25

ニューストピックス

北朝鮮「テロ指定解除」の舞台裏

米政府の屈服を象徴するテロ支援国家指定解除。「成果を急いだ」アメリカのドタバタ劇の真相とは

2009年5月25日(月)17時32分
横田孝(本誌記者)

 こと北朝鮮や金正日(キム・ジョンイル)総書記の話題になると、タフガイぶりをアピールしてきたジョージ・W・ブッシュ米大統領。外交儀礼を無視して金正日を呼び捨てにし、「金正日には虫ずが走る」とまで言い放ったこともある。

 最近でも、ブッシュは北朝鮮問題に関する会議で「私が軟弱にみえるような」合意は結ばないよう、側近に指示したという。

 だが、今のブッシュはどうみても軟弱そのものだ。6月26日、ブッシュは北朝鮮のテロ支援国家指定の解除を議会に通告。来年1月の任期切れまでに外交上の成果をあげたいと焦るブッシュが、なりふり構わず北朝鮮に屈服したことを象徴する出来事だ。

 対する北朝鮮は、この1年余り最小限の譲歩で最大限の見返りを得てきた。北朝鮮は、すでにポンコツだった寧辺の核施設を「無能力化」し、核兵器や核拡散に関する情報を含まない不完全な核申告をしたにすぎない。たったそれだけで、米金融制裁の解除やエネルギー支援を受け、そしてアメリカの経済制裁の根幹をなすテロ指定の解除にまでこぎつけた。

 「平壌では今ごろ、政府関係者が小躍りをしながら祝杯をあげているだろう」と、ある元米外交官は言う。「世界の超大国が、取るに足りない小国の北朝鮮にここまでだまされるとは、まぬけにも程がある」

 ブッシュ政権が強硬路線を捨てて腰砕け外交に転じたのは、政権1期目から対北朝鮮外交に本気にならず、政策に一貫性を欠き、内輪もめで迷走した結果だ。そのつけでアメリカは北朝鮮に有利な合意を結ぶ羽目になり、妥協を繰り返すことになった。

2002年10月~ 当初から存在した「甘さ」への不満

 ブッシュ政権が北朝鮮にウラン濃縮疑惑を突きつけたのは02年10月のこと。以来、米政府は北朝鮮と一対一で話し合うことをかたくなに拒否。多国間で北朝鮮問題に取り組むという方針を取り、03年8月に始まった6カ国協議の枠組みにこだわってきた。中国が北朝鮮を説得してくれると期待してのことだった。

 だが時間だけが過ぎ、その間、北朝鮮は核兵器7~8個分に相当する量のプルトニウムを抽出。ドナルド・グレッグ元駐韓米国大使に言わせれば、当時のブッシュ政権にあったのは「政策ではなく、敵視という態度だけ」だ。

 すでにこのころから、対北朝鮮政策の甘さに対して政権内で不満がくすぶっていた。当時、国務省の東アジア太平洋担当諮問官だったデービッド・アッシャーは05年に職を辞した後、皮肉交じりにこう語った。「同盟国がお互いに圧力をかけるものだなんて、知らなかったよ」

 それでも6カ国協議は05年9月、北朝鮮の非核化をめざす共同声明の採択にこぎつけた。  

 そこへ横やりを入れたのが、ディック・チェイニー副大統領率いるタカ派勢力だ。マカオの銀行バンコ・デルタ・アジア(BDA)の北朝鮮関連口座の資金を凍結する金融制裁を発動し、強硬姿勢を強めた。

 北朝鮮は、金融制裁が解除されるまで6カ国協議に応じないと反発。06年7月に弾道ミサイル発射実験を行い、その3カ月後には核実験まで強行、緊張を一気に高めた。激怒したタカ派の代表格ジョン・ボルトン米国連大使(当時)は国連で対北朝鮮制裁決議を実現させた。

 だが、ブッシュ政権の強気な強硬路線はそこまでだった。外交面だけでなく、内政面でも行き詰まったからだ。

 06年11月、共和党が中間選挙で惨敗したことでブッシュ政権の政治的求心力が失墜。おまけに外交面でもイラク情勢の泥沼化やイランの核問題で行き詰まり、袋小路に入り込んでいた。  

 そこで、ブッシュとコンドリーザ・ライス国務長官は06年12月、ある決断を下した。6カ国協議の米首席代表クリストファー・ヒル国務次官補に北朝鮮と直接交渉することを初めて許可。米政府筋によると、国家安全保障会議(NSC)内の異論や国防総省の反対を押しきっての決断だった。こうして生まれたのが、「ライス=ヒル路線」だ。

2007年1月~ ベテラン交渉者流出はヒルのエゴのせい?

 より大きな権限を手にしたヒルは07年1月、ベルリンの高級中華料理店で北朝鮮の金桂冠(キム・ゲグァン)外務次官と会談。ヒルは、北朝鮮が段階的な非核化計画に応じればBDAの金融制裁を解除すると非公式に約束。これを足がかりに2月13日、北京で行われた6カ国協議で合意が結ばれた。

 合意は、北朝鮮が寧辺の核施設を無能力化する見返りに重油約100万トン相当のエネルギー支援を行うというものだった。北朝鮮が核申告を行うことや、アメリカが北朝鮮のテロ指定解除をする「プロセスに着手」したり、日米が北朝鮮と国交正常化交渉を開始することも明記された。

 理にかなった内容にみえるが、そこには「あいまいさ」という致命的な欠陥があった。合意は不明確な表現だらけで、北朝鮮に都合のいい解釈や新たな要求を許した。核計画については北朝鮮に「話し合う」ことしか求めておらず、「検証」についてもあいまいな形でしか触れられていなかった。

 「抜け穴だらけのひどい合意だ」と、CIA(米中央情報局)のブルース・クリングナー元朝鮮半島分析官は言う。「とりあえず合意に達するために、わざとあいまいな表現で書かれた」

 ヒルが合意を実現できたのも、一つにはドナルド・ラムズフェルド前国防長官やボルトンなど、強硬派が政権から去ったからだ。

 しかし同時に、北朝鮮問題を熟知する高官も対北外交の現場から離れていた。ジャック・プリチャード朝鮮半島和平特使は、ブッシュ政権の無策ぶりに愛想を尽かして辞職。ジョセフ・デトラニ北朝鮮担当特使やエバンス・リビア国務次官補代理も国務省から去り、「ヒルのエゴや功名心にうんざりして」辞めた者もいたと、ある元国務省当局者は言う。

 国務省は対北朝鮮外交のベテランが不足しており、朝鮮語を流暢に話せるのもソン・キム部長だけ。ヒル自身も外交官としてのキャリアの大部分は東ヨーロッパで過ごし、アジアでの外交経験はほとんどなかった。

 北朝鮮との交渉経験が豊富なケネス・キノネス元国務省北朝鮮分析官によると、朝鮮半島部局の職員から「歴史を教えてほしい」と、切羽詰まったメールが送られてきたこともあるという。

 現国務省の経験不足は、アメリカの対北外交で大きな弱点となった。一方の北朝鮮側は、90年代から同じメンバーが対米交渉を担当しており、核交渉の細部や米外交を知り尽くしている。それでも、ヒルは楽観的だった。

 実は昨年の春ごろから、ヒルは北朝鮮のテロ指定解除のシナリオを描いていた。6カ国協議を前進させるには日本の拉致問題の「進展」が必要だと考えたヒルは、金外務次官と会談。よど号犯の日本への引き渡しと拉致問題の再調査を行えば、テロ指定を解除する筋書きを提示したと、6カ国協議に近い情報筋は言う(いずれも今年6月の日朝協議で合意された)。

 日本政府は当初このシナリオに不快感を示して拒否。だが日本は米政府にテロ指定解除の再考を求めつつ、昨年夏ごろからこのシナリオを水面下で検討しはじめていたと、この筋は言う。

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