コラム

イスラエル社会を支える「社会契約」とは?...人質解放よりも戦争を選んだ、その「代償」

2025年01月29日(水)13時25分
エルサレムの中心部で行われた人質解放を求めるデモ

エルサレムの中心部で行われた人質解放を求めるデモ(2025年1月11日撮影)Photo:曽我太一/Taichi Soga

<ユダヤ教には「人質の解放は、最上級の善行」という教えがあるが、ネタニヤフの「賭け」が残した遺恨について>

1月19日、イスラエルとパレスチナのイスラム組織ハマスがついに停戦に入った。2023年10月に戦争が始まってから15カ月、アメリカで第2次トランプ政権が発足する前日の出来事だ。

この停戦は3段階に分けられ、42日間の第1段階の間に恒久的な停戦に移行するための交渉が行われるが、双方が合意できるのかは極めて不透明な状況だ。イスラエルのネタニヤフ首相は戦争再開に意欲を見せて牽制する一方、連立を組む宗教極右政党が政権を離脱するなど、足元に揺らぎが見られる。


軍事面だけを見ればイスラエルは今回の戦争で大きな成果を上げた。ハマスは軍事組織としての機能を失い、レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラも弱体化した。

これはイスラエル国民の大多数が、軍事作戦よりも人質解放を優先すべきだと求めていたにもかかわらず、ネタニヤフ政権が戦争を続けた結果だ。

ただ、これには代償が伴った。イスラエル社会には「国民は誰一人取り残されない」という暗黙の了解、つまり国民と国家の間の「社会契約」がある。国外でイスラエル人が災害やトラブルに巻き込まれればすぐに救援隊を送るなどの迅速な対応をしてきたのも、その「社会契約」が理由だ。

パレスチナ問題でいえば、04年、タカ派で知られた当時のシャロン首相がヒズボラとの捕虜交換に応じたのも、11年にネタニヤフがハマスに拘束された兵士1人の解放のために、パレスチナ人約1000人を釈放したのも、この「社会契約」があったからだ。

ユダヤ教には「人質の解放は、最上級の善行」という教えがあるが、この11年の兵士解放時に改めて国民間でこの価値観が確認された。しかし、今回は違った。

停戦による人質解放に反対してきた右派は、ハマスを殲滅できなければ、将来的に犠牲になる国民が再び出ると主張してきた。現在の人質を犠牲にすることで将来の被害を防ぐという考えを通したのだ。

プロフィール

曽我太一

ジャーナリスト。東京外国語大学大学院修了後、NHK入局。札幌放送局などを経て、報道局国際部で移民・難民政策、欧州情勢などを担当し、2020年からエルサレム支局長として和平問題やテック業界を取材。ロシア・ウクライナ戦争では現地入りした。2023年末よりフリーランスに。中東を拠点に取材活動を行なっている。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

プーチン大統領、復活祭の一時停戦を宣言 ウクライナ

ワールド

イスラエル、イラン核施設への限定的攻撃をなお検討=

ワールド

米最高裁、ベネズエラ移民の強制送還に一時停止を命令

ビジネス

アングル:保護政策で生産力と競争力低下、ブラジル自
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 2
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪肝に対する見方を変えてしまう新習慣とは
  • 3
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず出版すべき本である
  • 4
    トランプが「核保有国」北朝鮮に超音速爆撃機B1Bを展…
  • 5
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 6
    「2つの顔」を持つ白色矮星を新たに発見!磁場が作る…
  • 7
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 8
    ロシア軍高官の車を、ウクライナ自爆ドローンが急襲.…
  • 9
    ロシア軍、「大規模部隊による攻撃」に戦術転換...数…
  • 10
    ロシア軍が従来にない大規模攻撃を実施も、「精密爆…
  • 1
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 3
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 4
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 5
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 6
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気では…
  • 7
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 8
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができている…
  • 9
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 10
    「世界で最も嫌われている国」ランキングを発表...日…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 3
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 4
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 5
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 6
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
  • 9
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 10
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story