コラム

イスラエル社会を支える「社会契約」とは?...人質解放よりも戦争を選んだ、その「代償」

2025年01月29日(水)13時25分

国家にとっては究極の選択かもしれないが、これはイスラエルにおける社会契約の根幹を揺るがす。というのも、この社会契約の礎となってきたのが徴兵制だからだ。

国民は全員、一定年齢になれば兵役に就き、国家への義務を果たす。その代わり、国家は国民の命を最優先に保護する責任を負ってきた。


しかし、イスラエルが経済的に発展し、個人主義化が進むにつれ、国民皆兵に対する懐疑的な見方は広がっていた。そのようななかで、国家が国民に対する責任を果たさないのであれば、国家統合の触媒であり、社会契約の礎であった徴兵制に疑問を投げかけることになりかねない。

今回、イスラエルは停戦に応じた。ハマスはほぼ壊滅したが、消滅はしていない。15カ月もの間、停戦反対の口実にしてきた「将来の犠牲」は防ぐことはできるのか。パレスチナ自治区ガザでは2万人弱の子供が親や家族を亡くし、孤児となった。「ハマス2.0」が生まれてこない保証はない。

今、イスラエルが直面しているのは、イスラエルが静かに葬り去ろうとしてきたパレスチナ問題の亡霊である。

家族を人質に取られた男性が「社会契約が存在しなければ、もはや国は存在できない」と述べるように、イスラエルという国を支えてきた、国家と国民の「社会契約」をも岐路に立たせる事態になっている。

イスラエルは結局、パレスチナ問題と向き合うことなしには前に進むことはできない。停戦を機にパレスチナとどう向き合うのか、現実を直視しなければ、再び大きな犠牲を払いかねない。

イスラエルにもパレスチナにもまだ和平を求める人たちはいる。その声が完全に失われてしまう前に、先に進む必要がある。

プロフィール

曽我太一

ジャーナリスト。東京外国語大学大学院修了後、NHK入局。札幌放送局などを経て、報道局国際部で移民・難民政策、欧州情勢などを担当し、2020年からエルサレム支局長として和平問題やテック業界を取材。ロシア・ウクライナ戦争では現地入りした。2023年末よりフリーランスに。エルサレム在住。

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