コラム

「ハマス殲滅」は、なぜ「空想」なのか?...国際社会が放置してきた「大きなツケ」

2024年07月09日(火)11時13分
ハマスの設立35周年記念パレード

ハマスの設立35周年記念パレード(2022年、ガザ) AHMED ZAKOTーSOPA IMAGESーSIPA USAーREUTERS

<ネタニヤフ首相は「ハマス殲滅」と「人質解放」の2つの目標を掲げ「完全勝利」を訴えるが、多くの専門家が「不可能」と指摘。国際社会は「ハマス後」にどう向き合っていくのか>

ハマスをどう終わらせるのか、これは難題中の難題だ。

6月、イスラエル軍のダニエル・ハガリ報道官が「ハマスは思想であり、政党でもある。人々の心に根差すもので、ハマスを殲滅できると考えるのは誤りだ」と現地のテレビ番組で発言。ネタニヤフ首相への反発とも取れるとして話題になった。

今回のハガリの発言がどこまで軍内で調整されたものなのか真相は不明だ。ネタニヤフは戦争直後から、ハマス殲滅と人質解放をという2つの目標を掲げて「完全勝利」を訴えてきた。

しかし、このまま軍事作戦を続ければ、イスラエルはその「空想」のために、才能ある若い兵士を失い続けることになる。少なくともハガリ自身は、ハマス殲滅という目標が「空想」であることに気付いているようだ。


ハマスはパレスチナ自治区ガザを実効支配する行政主体としての側面を持つ半面、イスラエルの占領に対する抵抗運動という意味では思想的でもあり、そのハマスの殲滅が不可能であるということは多くの専門家が指摘している。

イスラエルの3大情報機関の1つで国内テロ対策を担う「シンベト」の元長官アミ・アヤロンは戦争直後から、「ハマスの軍事能力を解体し、指導者を殺害することは軍事的には可能だが、『勝利』など達成できない。武力でイデオロギーを倒すことはできず、むしろ深化させる」と警鐘を鳴らしてきた。

アヤロンの指摘のとおり、確かにハマスの軍事能力は弱体化した。ガラント国防相は今年5月、7カ月に及ぶ戦闘の結果、ハマスは既に軍事組織としての機能を失い、いわばゲリラ化していると断言した。

ただ、いくら弱体化しようとも、ハマスが思想でもある限りゲリラ戦を続け、イスラエルと戦い続けるだろう。占領が続く限り、今のハマスがなくなったとしても「ハマス2.0」のような存在が現れる可能性もある。

一方、ガザ統治の行政主体としてのハマスの終焉は国際社会の既定路線になりつつある。EUのボレル外交安全保障上級代表は「政治的にも軍事的にもハマスはガザ統治に戻ることはできない」と発言。

筆者の取材に応じたG7の外交筋も、ハマスが以前と同じように再びガザを統治することは受け入れられないと話す。また、パレスチナの世論調査を見ても、ガザ住民の半分以上がハマス統治の継続を望んではいない。

プロフィール

曽我太一

ジャーナリスト。東京外国語大学大学院修了後、NHK入局。札幌放送局などを経て、報道局国際部で移民・難民政策、欧州情勢などを担当し、2020年からエルサレム支局長として和平問題やテック業界を取材。ロシア・ウクライナ戦争では現地入りした。2023年末よりフリーランスに。エルサレム在住。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 5
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story