コラム

アメリカに移住しても日本に留学しても......中国人に共産党の恐怖からの自由はない

2024年10月01日(火)16時00分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)
中国

©2024 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<アメリカに移住した中国人アーティストが帰国時に拘束された事件は、国外に暮らす中国人を震撼させた。十数年前に制作した毛沢東を揶揄する作品が、3年前に新たに施行された法律で罪に当たるとされたからだ。中国の「安全ライン」がどこにあるのか、誰にも分からない>

アメリカに移住した68歳の中国人芸術家・高兟(カオ・チェン)は先日、北京に帰省した時、中国当局に逮捕された。高兟と弟で同じくアーティストの高強(カオ・チアン)の高氏兄弟が十数年前に制作した『ひざまずいてざんげする毛沢東』など文化大革命を批判する彫刻作品が、2021年施行の「英雄烈士名誉侵害罪」に当たるとされた。

恐ろしいニュースだ。法律が制定される十数年前に作られた芸術作品に新しい法律が適用され、芸術家を捕まえる根拠になったからだ。これで国外に暮らす中国人の帰国への恐怖は一層深まった。中国人としての「底線(安全ライン)」はどのへんにあるのか、誰も分からない。だからとにかく怖い。


普通の中国人はたとえ国外に移住しても、中国国内にまだ家族がいたり、あるいは帰郷したいなら、中国政府がタブー視する話題をできるだけ公的な場所で話さないように注意する。言論の自由な外国の社会に暮らしていても、中国人としての恐怖心はそのまま一緒に国外に移住する。

それは経済力がある知識層や富裕層も変わらない。東京にある中国人向けの書店を見れば分かるが、政府批判の本や天安門事件に関する本はとにかく置かれていない。中国国外にある中国系出版社も、政府の検閲はないのに自己検閲が習慣になっている。中国政府を不快にするテーマにはできるだけ触れない。家族が、そしていつか自分が帰国する時に面倒に巻き込まれないためだ。

中国人留学生たちももちろん同じ。子供の頃から強制的に愛国教育を受けさせられた彼らは、外国に行っても親からは「政治に関する話題に触れるな」と注意される。理由は「あなたは中国人だから」。

その結果、ほとんどの中国人は政治に無関心になる。だからといって必ず安全だとは言えない。政治に強い関心はなかった天才コンピューター少年の牛騰宇(ニウ・トンユィ)は、習近平国家主席の家族の個人情報をネットで集めてシェアし、「騒動挑発罪」などの罪で14年間の懲役刑になった。同じ事件で有罪になった若者はほかにも23人おり、未成年者も含まれる。

要は、政治に関心があってもなくても危ないのだ。中国人は恐怖からの自由もない。その源は天安門の毛沢東像だが。

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    大麻は脳にどのような影響を及ぼすのか...? 高濃度の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story