コラム

ニューヨーク市長をめぐる裏切りのドラマがリアルタイムで進行中

2025年02月19日(水)15時00分

アダムス氏は、アフリカ系の警察官として現場から叩き上げた苦労人です。ですから、様々な理不尽に対しても沈黙を守り、ジッと耐えてきたのだと思います。ですが、今回トランプ氏が、悪魔のような「ディール」を持ちかけたところで、我慢が限界に来た、おそらくはそんなところだと思われます。

アダムス氏は、自分が民主党を裏切る前に、そもそも自分は民主党の裏切りで切り捨てられたと思っている可能性があるわけです。そのスキをトランプ氏に見抜かれ、利用されてしまった格好です。いずれにしても、アダムス氏は一線を超えてしまいました。そしてトランプ氏の移民摘発責任者と握手して、「不法移民狩りに協力する」と宣言したのでした。


市民からは市長に同情的な声も

ニューヨーク市内の「移民狩り」については、1月のスタート時点では「明らかな累犯者、街のお尋ね者」を中心に摘発がされており、とりあえず街の世論は歓迎しています。ですが、これからはおそらく「平和に暮らしている家族を引き裂く」「学校現場で親の逮捕を行う」などの、野蛮なポピュリズム迎合に進む可能性はあります。アダムス氏はその時になって後悔するかもしれませんが、もう引き返せません。その一方で、担当判事は「大統領とのディールは未成立」なので「公益の立場から審理を進める」として、当面は起訴の取り消しを認めないとしています。

という展開の中で、とにかく、ニューヨークの民主党は激怒しています。そして、アダムス氏を引きずり下ろした後の人事まで取り沙汰が始まっています。例えば、アンドリュー・クオモ元州知事などは早速声がかかっています。コロナ禍の対応で叩かれた際の不本意な批判を乗り越え、更にはセクハラ容疑も跳ね返したクオモ氏はヤル気満々のようです。

ところが、話はそう簡単ではありません。一連の経緯を知る市民の中には市長に同情的な声もあります。そして、もしかしたらアダムス市長には、無所属になってトランプ氏がこれを支持するのであれば、今秋またはクビになった場合、出直しの市長選で勝ち目が出てくるという意見もあるのです。

トランプ政権は、余りにも強引に政府のリストラを進め、極端な外交政策を実行しつつあります。また、インフレ抑制には全く成功していません。ですから、どこかで支持が鈍る局面は来るでしょう。民主党はそこを突くことで体制を建て直すことは考えていると思います。それにもかかわらず、民主党の牙城であるはずのニューヨークで、このような内紛を起こし、そこをトランプ氏に利用されるようでは党勢挽回は難しいと思います。

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プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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