コラム

ニューヨーク市長をめぐる裏切りのドラマがリアルタイムで進行中

2025年02月19日(水)15時00分

ニューヨーク市警からの叩き上げが売りの民主党アダムス市長 Kyle Mazza/REUTERS

<不法移民摘発でトランプと悪魔のディールを結んだアダムス市長に民主党が激怒>

ニューヨークの民主党に激震が走っています。こともあろうに民主党のエリック・アダムス市長が、トランプ大統領との間に「同盟」を結んで州や市の民主党を裏切ったのです。まず、アダムス市長は市内に設置されているトルコ共和国の領事館を移転する際に便宜を図る見返りに接待を受けたとして、外国人からの収賄の容疑がかかっていました。

窮地に陥っているアダムス市長に対してトランプ大統領は、市長がこれまでは拒んでいたニューヨーク市内における「不法移民摘発」へ協力すれば、収賄容疑の起訴を取り下げてもいいというオファーをしました。市長はこの条件を受諾して、トランプ氏との「同盟」を宣言したのです。いかにもトランプ流の「ディール」ですが、市内は大騒ぎとなっています。


特にニューヨークの民主党は、キャシー・ホークル知事も、州議会、市議会も一致団結して「激怒」しており、一刻でも早く市長を罷免しようと動き始めました。このままですと、市長の権限が移民摘発に利用されかねないからです。ちなみに、4人の副市長(民主党)はサッサと辞任してしまいました。

一見すると、腐敗したアダムス氏の弱みにつけ込んだトランプ氏が悪賢く、アダムス氏に至っては貧しい移民の人権を「売り渡す」のですから極悪非道、という印象です。ですが、問題はそう単純ではありません。

難民申請者を北部に移送した南部保守州

話は市長が就任した直後の2022年春に遡ります。当時は民主党政権で大統領はバイデン氏でした。この時期の南部国境は越境して来る移民であふれていました。その長蛇の列や、川を渡り鉄条網をくぐる姿が連日のように報道されていました。多くのアメリカ人はその映像を見て「不法移民が殺到している」と怒り、その感情をトランプ派は政治的求心力に転換したわけです。

ですが、これはミスリードです。テレビに映っていた移民の行列というのは、不法移民ではなく合法的な難民申請者でした。彼らは越境すると国の、つまり連邦の移民局が難民申請を受理します。その後、難民認定の審理には数カ月かかるのが通常でした。

南部の保守州はこの暫定的な滞在を嫌がりました。州の予算で彼らの世話はしたくないし、そもそも彼らの権利など認めたくないというのが、テキサスやフロリダなど南部諸州の知事たちの立場でした。

そこで彼らは、この難民申請中の人々をニューヨークなど北部に送るということを始めました。「不法移民にも『聖域』を与える人権好きのリベラル州なら喜んで面倒を見るだろう」という、一種の嫌がらせです。ただでさえ寒い地方の気候には慣れていない難民申請者を、バスに乗せて送り込んできたのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

トランプ米政権がWTO資金拠出凍結、歳出削減の一環

ビジネス

米関税、インフレ押し上げへ 持続性は不透明=ボスト

ビジネス

低調なユーロ圏消費、所得など巡る誤認が原因=シュナ

ビジネス

米国は「視界ゼロの霧の中」、FRBの政策適切=リッ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影された「謎の影」にSNS騒然...気になる正体は?
  • 2
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中国・河南省で見つかった「異常な」埋葬文化
  • 3
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジェールからも追放される中国人
  • 4
    地中海は昔、海ではなかった...広大な塩原を「海」に…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    「マンモスの毛」を持つマウスを見よ!絶滅種復活は…
  • 7
    「完全に破壊した」ウクライナ軍参謀本部、戦闘機で…
  • 8
    なぜANAは、手荷物カウンターの待ち時間を最大50分か…
  • 9
    老化を遅らせる食事法...細胞を大掃除する「断続的フ…
  • 10
    【クイズ】アメリカで「ネズミが大量発生している」…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 3
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 4
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
  • 5
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 8
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 9
    大谷登場でざわつく報道陣...山本由伸の会見で大谷翔…
  • 10
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 6
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story