コラム

2024年、円安の出口と日本経済のバランスをどう取るか?

2023年12月27日(水)10時45分
日本

円安解消と経済失速のバランスをどう取るか、日本経済は難しい舵取りを迫られている StreetVJ/Shutterstock

<このまま円安政策を継続することはできないが、急速に円高に振れて多国籍企業の収益がしぼんでしまえば国内経済も暗転する>

2023年も大詰めとなってきました。年の瀬になって、日本の生産性がOECD加盟国で30位と過去最低となったというニュース、さらには1人あたりGDPがG7諸国の中で最低になったなどの暗いニュースが出ています。来年は、先進国の「窓際」と言われる日本経済の競争力について、衰退をどう食い止めるのかの正念場になりそうです。

そこで気になるのが円相場です。長く続いた「異次元の金融緩和」をどう終わらせるのか、そもそも終わらせるべきなのか、2024年は年初からこの問題と向き合う年になります。


2012年の暮れ、今からちょうど11年前に、いわゆるアベノミクスの一つとして、異次元緩和が始まりました。この時期は、今はとは違って円高が問題になっていました。円高が輸出産業の足を引っ張っていること、また2008年のリーマンショック、さらに欧州金融危機や中国のバブル崩壊が重なった中では、日本経済が他の産業国と比較すると「比較的マシ」ということで円が買われる危険がありました。そのために、円を意図的に安く誘導することが景気を改善するという考え方がベースにありました。

その結果として、株価は上昇しましたが、その恩恵は一部にとどまりました。また、円安になったからといって、空洞化した産業が戻ってくることはなく、電力不安や規制緩和の遅れなどから空洞化はかえって進行しました。ですが、円安政策は続行されました。その一方で、空洞化が進行する中で、日本の多国籍企業は海外での生産と、海外での販売の比率を高めていました。

つまり、利益の過半は国内ではなく、海外で生み出されるわけです。その場合に、ドル、ユーロ、人民元ベースで発生した利益は、円安の場合は円に換算すると膨張して見えます。膨張というとやや言い過ぎで、円から見れば明らかに大きくなります。その結果として、多くの多国籍企業は史上空前の利益を計上していました。

日銀が危惧する「円高不況」

ということは、現在、仮に金融政策を急速に円高へ振った場合、その弊害としては、日本発の多国籍企業の収益が円から見た場合に大きくしぼんでしまうことが考えられます。本当は、海外での利益はほとんどが海外で再投資されるので儲けたカネは日本国内には還流しません。また稼いだ利益を配当しても、多くは国外の株主に流れてしまいます。基本的に海外での生産、販売活動は日本のGDPにカウントされません。ですから、現在の「空前の利益」というのも半分は幻です。

ですが、仮に円高になって、その「幻かもしれない海外での利益」が円建てで大きくしぼんでしまうようですと、国内経済のムードは大きく暗転します。輸出に頼り貿易が黒字であった時代とはまた別の「円高不況」が訪れるかもしれません。賃上げを進める政策も大きく足を引っ張られる可能性があります。日銀の植田総裁は、この点を深く警戒しているのだと思います。

では、このままずっと円安政策を継続することは可能かというと、そこには難しさがあります。今はまだ、国家の債務というのは、ある程度までは個人金融資産で相殺されています。ですが、やがてそのバランスが崩壊し、それでも円安が継続し、また空洞化が加速化して国内の競争力がしぼんだままですと、ある臨界点を超えたところで、国債が大きく売られ、円の価値がどんどん下がり、悪い金利高が暴走するかもしれません。

その頃までには、日本経済は規模的に縮小していて、IMF(国際通貨基金)から見て、大きすぎて潰せない規模を割り込んでいるかもしれません。そうなると、現在の円安政策が行き過ぎた延長には、債務不履行、つまり国家としての破綻というシナリオが可能性として出てきます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエル、イラン核施設への限定的攻撃をなお検討=

ワールド

米最高裁、ベネズエラ移民の強制送還に一時停止を命令

ビジネス

アングル:保護政策で生産力と競争力低下、ブラジル自

ワールド

焦点:アサド氏逃亡劇の内幕、現金や機密情報を秘密裏
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はどこ? ついに首位交代!
  • 4
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 5
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 6
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 7
    「2つの顔」を持つ白色矮星を新たに発見!磁場が作る…
  • 8
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 9
    トランプが「核保有国」北朝鮮に超音速爆撃機B1Bを展…
  • 10
    300マイル走破で足がこうなる...ウルトラランナーの…
  • 1
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 3
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最強” になる「超短い一言」
  • 4
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇…
  • 5
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 6
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気では…
  • 7
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 8
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができている…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 8
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story