コラム

岸田政権のスタートアップ育成政策は話が全く正反対

2022年10月12日(水)13時30分

政府のスタートアップ創出策からは、どこに狙いがあるのか見えない ismagilov/iStock.

<大企業のスタートアップ買収を支援するという政府のホンネはどこにある?>

岸田政権は今年2022年を「スタートアップ創出元年」と位置付け、「起業を5年間で10倍に増やす計画」を掲げているようです。これは重要なことで、是非とも効果のある政策を打ち出していただきたいところです。

ところが、その具体的な対策を聞いて驚きました。税制改正の中で「大企業がM&A(合併・買収)でスタートアップの過半の株式を取得した場合などに、取得価額の25%を課税所得から控除する案」を軸に検討しているというのです。

全く話が逆であり、これでは日本経済の成長を加速するどころか、成長にブレーキをかけて国を衰退に追いやるようなものです。どういうことかというと、2つの意味で逆だと言えます。

まず、大企業がベンチャーを買うというのではなく、ベンチャーが大企業を買えるようにするべきです。仮に、あるベンチャー企業が、商品サービスを国際的な市場から認められることで急成長したとします。企業は一定の規模に達すると、より複雑な経営が必要で、大規模な組織を動かした経験者が必要なります。また、規模のさらなる拡大には、販売ルートを多角化するとか、モノの販売の場合は生産能力を高める必要も出てきます。

ですから、ベンチャーが資金調達をして既存の大企業を買うというのは、事業成長の手段として理にかなっているのです。その上で、ベンチャーの持っている経営のスピード感を維持しながら、大企業の持っていたネットワークやノウハウの中で「時代遅れでない」部分を活用して、規模の拡大に対応しながら成長を加速するのです。

革新的な事業なら分社化すべき

もう1つ、別の意味で反対だということがあります。それは、大企業の側でも、やたらに新しい部分を取り込んで肥大化するのではなく、新規事業部門の中に革新的なアイディア(ブレイクスルー)を獲得した部門があれば、それを独立分社化(スピンアウト)すべきということです。

その上で、元の企業の株式持ち分を過半数以下にして独立性を高め、更に多くの資金を外部から集めて成長を加速し、世界におけるベンチャーの激しい競争を勝ち抜けるようにするのです。

つまり、岸田総理の言う「大企業がベンチャーを買う」というのは、2つの意味で方向性としては逆だと考えます。

もちろん、ベンチャーの創業者が一定の規模まで企業を成長させたところで、企業を売却して創業者利益を得るという現象は世界中に見られます。また、それが起業のインセンティブだというのは間違ってはいません。自分がその時点で「成果を手仕舞い」して売りたければ売ればいいし、それでキャッシュを手にする権利はあるからです。

例えば、サービス業や、食品、生活雑貨などならわかります。ブランド力をつけたら売却して創業者はリタイアしてもいいし、そのブランドが大資本の傘下で活躍すれば経済成長にはプラスになるからです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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