コラム

岸田政権のスタートアップ育成政策は話が全く正反対

2022年10月12日(水)13時30分

ですが、これだけ文明レベルの変革を求めて世界の若者が競っている中で、最先端を目指すというのであれば、話は別です。起業家が、ごく初期から「ある程度まで成長したら大企業に売ってやろう」などと考えるようでは、最初から負けているようなものだからです。特に、テック系やメディカル系、GX(グリーントランスフォーメーション、化石燃料から再生可能エネルギーへの転換を目指す)系などで、全くゼロから「世界を変える」ことを目指しての創業であれば、そんな根性では勝てないでしょう。

それこそ、スティーブ・ジョブズなどは、一旦自分が作った会社から追放されても、経営権を奪い返して見事に「世界を変えた」のです。グーグルにしても、創業者のセルゲイ・ブリンとラリー・ペイジは、ある時点で会社を売るのではなく、逆に経営のプロであるエリック・シュミットを招聘して3人体制で会社を大きくしました。メタのマーク・ザッカーバーグなどは、フェイスブックを巨大企業に育てるだけでは満足せず、毀誉褒貶の中で更にメタバースの領域にチャレンジ中です。

そうした気迫と言いますか、ベンチャー気質というものが、ブレイクスルーには必要です。仮にも「和製ユニコーン」を育成したいのであれば、「最初からある程度までいったら大企業に売ってカネを手にしよう」などということを「モチベーション」にして起業させるなどというのは、冗談としか思えません。

政府のホンネはどこに?

うがった見方をするのであれば、
「かつてライブドアが地上波キー局に手を出そうとしたような、既存の企業社会秩序への挑戦は認めたくない」
「必要以上に業務を効率化して、大企業やその傘下にある事務部門の存在価値を否定するようなベンチャーは、サッサと買い取って消してしまえ」
というような「不純な動機」の気配を感じてしまいます。

政権の案にある「過半の株式を取得」して経営権をコントロールする場合に限って減税というあたりにその「気配」が感じられるのです。仮に経団連などにはそこまでの悪意はないとしても、
「高い利益率のベンチャーを取り込んで、生産性の低い大企業のゾンビ化を先送りしたい」
という動機はおそらくあるでしょうし、彼らなりの善意から、
「この国では、大企業のネームバリューがないと官民ともに入札は無理なので、大企業が買ってあげて初めて君たちの成長は可能なんだよ」
という気持ちなのかもしれません。

いずれにしても、今回の「大企業によるベンチャー買収加速」というのは、全く話が逆であり、産業構造改革とは言えません。買収側への減税ではなく、あくまでベンチャーが自前で資金調達するための支援を強化するのが正道と考えます。

けれども、政府はそんなことは分かった上で、もしかしたら、
「出資にせよ保証にせよ、カネを出したベンチャーが潰れたら、批判を浴びて全員が不幸になる。だから、可能なのは一定の成長をした『後』に売却する際の支援ぐらい」
という辺りにホンネがあるのかもしれません。仮にそうだとしたら、リスクの取れない政府がベンチャーとか、スタートアップなどと口にすること自体が、ジョークでしかないということになります。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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