コラム

矛盾だらけの五輪開催、最善策は今秋への延期

2021年06月02日(水)12時15分

ところが、そう簡単には行かない事情があります。まず接種済みの外国人選手・関係者には、

「接種済みであるのに、行動を制約されたり、厳しいルールを課しても納得感は薄く、何かのきっかけで不満が爆発したり、違反行為が出たりする可能性がある」

という問題がまずあり、さらに

「自分たちは接種済みで防御もできているので、危険な日本社会でも安全だし、まして自分たちが感染拡大することはないので、日本の一般社会に出てみたい」

という気持ちになる可能性も高くあります。選手団は抑え込むにしても、メディア関係者などは、日本の現地クルーとの共同作業などを通じて、報道の自由を主張しながら、バブルの外に出てくる可能性はありそうです。先進国でありながら、ワクチン接種の遅れている社会や、五輪について賛否両論に分裂している社会などという取材対象について、海外のジャーナリストの好奇心を抑えるのは非常に難しいでしょう。

一方で、主催者側にもバブルを曖昧にしたいという動機が強くあるようです。少しでも観客を入れたいからです。これはチケット収益だけでなく、スポンサーへの義務という点で大きいと考えられ、例えばパブリックビューイングに固執したり、児童生徒を強引に動員しようとするという背景にも巨額のマネーが動いていると考えられます。

7月の課題解決は困難

観客を入れるとなると、バブルの意味は薄れます。そこで、観客へのPCR検査とか、ワクチン接種証明でも入場可という話が出てきて、改めて賛否両論になるわけです。

どうしてバブルの両側で思惑が異なったり、またバブルを曖昧にしようとしたりするのかというと、結局はワクチンが普及していないからという一点に集約されます。日本国内の根強いワクチン忌避論も制約となっていますが、これも接種率が高まって効果が顕在化すれば理解が広まって収まるでしょう。

ようやく接種のペースが加速してきた現在ですが、7月の時点ではこの問題の解決は難しいと思われます。ですが、例えば10月ということであれば、事態は大きく改善している可能性はあります。

何よりも、賛否両論の中でスポンサーや選手までが悪者になるような異常なムードで開催するよりも、秋の時点であれば事態は大きく変化し、コストと収益という意味でも7月に強行する場合とは全く違うと思います。

問題はアメリカでの放映権ですが、今年、2021年はアメリカでは選挙のない年に五輪を開催するという、非常に珍しいケースになります。選挙の年の秋であれば、五輪中継によって全国CMを売る枠は限られてしまいますが、今年に限っては秋開催がギリギリ成立する可能性はあると思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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