コラム

日本の自動車産業はどうして「ギリギリ」なのか

2020年12月22日(火)16時00分

豊田社長が日本の自動車産業の今後を憂うのには理由がある Stece Marcus-REUTERS

<現状のエネルギー供給体制でEV化はできないし、軽自動車中心の道路インフラではEV普及も進まないという大問題>

12月17日に、日本自動車工業会(自工会)の豊田章男会長(トヨタ自動車社長)は、オンライン記者会見で「自動車業界はギリギリのところに立たされている」と述べています。この会見はさまざまなメディアで報道されているのですが、豊田氏の発言の一部だけでは理解できないところがあり、主旨が正確に伝わっているとは思えません。重要な会見だと思うので、あらためて発言の要点を整理したいと思います。

まず、「自動車業界がギリギリのところに立たされている」という発言ですが、これは「トヨタ自動車をはじめとする日本の自動車メーカーは、電動化やカーボンニュートラル対応で遅れているので、企業として衰亡のギリギリのところに来ている」という意味ではありません。

トヨタをはじめとする日本の自動車産業は、多国籍企業化しており、研究開発からデザイン、マーケティングまで基本的には大市場に密着した事業展開を全世界で行っています。そうした多国籍企業としては、EV(電気自動車)についてもAV(自動運転車)についても、必要な研究開発や、他業種や同業種との連携を行なっています。ですから、電動化が進んでも直ちに衰亡の危機になるというわけでありません。

豊田氏が指摘しているのは、このまま社会変革のないまま「2050カーボンニュートラル、脱酸素社会へ移行してしまうと、日本における自動車の製造と、販売が難しくなる」ということです。一言で言えば、トヨタという多国籍企業は残るが、日本国内での生産と販売は継続できないというのです。

具体的には2点あります。

エネルギー問題をどうするか?

1つは電源の問題です。豊田氏によれば、現在の日本は「火力発電が77%、再生エネルギー(再エネ)と原子力が23%」という国です。ということは、EV化してガソリン車を廃止しても決して「カーボンゼロ」にはならないということです。

これは作った車が走るためのエネルギーというだけでなく、クルマを作るために必要なエネルギーということでも同じです。同じEVを作るのにも、例えばドイツは「再エネ+原子力が47%」、フランスは原子力中心ではあるが「89%」という現状では、同じクルマを「23%」しかない日本で作るのは、カーボンニュートラルという考え方からは不可能に近くなります。

2つ目は、軽四の問題です。日本では、現在軽自動車が「国民車」として普及しています。ですが、この「軽四」は、簡単にはEV化できません。というのは、電池で走るEVは、もっと大型のクルマでないと成立せず、軽四レベルの軽量車では「電池の重さの比率が高すぎて省エネ効率が発揮できない」のです。

では、国策として「軽四」をやめて小型のEV車を国民車にしようとすると、今度は日本の道路の「85%は軽四でしかすれ違えない」というインフラの問題に突き当たるというのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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