コラム

マスク着用を拒否する、銃社会アメリカの西部劇カルチャー

2020年05月07日(木)14時20分

これとは別の問題として、中西部のカルチャーには「自分の身体は自分のもの」という強い意識があります。開拓時代に厳しい自然と戦う中で生まれたカルチャーですが、現在ではそれが歪んだ形で残っています。例えば「医療保険の強制は拒否」という考え方です。

自分の健康は自分で守る、それが自主独立ということ、だから医療保険への加入を強制されるのは嫌だという理屈です。マスクの着用強制への拒否感も同じ理屈です。つまり「自分の身体」を守ることを強制されたくない、また「マスクで守られなくてはならない」ような弱さを見せたくない、そんな心理です。

こうした心理は、アメリカ全土にあったわけですが、CDC(疾病センター)の提言によりトランプ政権の専門家チームが無症状者からの感染拡大を防止するためにマスク着用を推奨し始めると、ニューヨークやカリフォルニアなど多くの州では着用の強制が始まり、何とか定着しつつあります。ニューヨーク市では、無料のマスクをスーパーマーケットや公園で配布することまでやっています。

ですが、西部劇気分が残り、銃社会でもある中西部の場合、一部には強い抵抗感があるようです。ここ数週間、全米で拡大している「ロックダウン反対デモ」では、「マスク着用反対」のメッセージが出るようになっていますが、その背景にはこうした心理、カルチャーがあるのです。

ミシガン州では、「ワンダラー・ショップ(日本で言う100円ショップ)」で警備員からマスクを着用するように指示された客の家族が、後から怒って警備員を射殺した事件がありました。また、マスク着用を命じられた客が従業員に「ツバを吐く」あるいは「従業員の顔を濡れティッシュで拭く」などの事件が起きています。これも同じ心理が暴走した結果です。

問題はそうした西部劇カルチャーの地域が、「現在どんどん感染拡大が続いている」にもかかわらず、ホワイトハウスの方針に背いて性急な「経済活動の再開」に走っていることです。その結果として、感染爆発、そして社会不安が起きることが一番の心配です。中西部の人々が、できるだけ早く危険に気づいて生活習慣を改めることができるか、問題はそこにかかっています。正副大統領は、少なくともそうした適切なメッセージ発信よりも、支持者の心理への迎合を選んだのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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