コラム

マスク着用を拒否する、銃社会アメリカの西部劇カルチャー

2020年05月07日(木)14時20分

トランプもハネウェル幹部も、ゴーグルは着けているのにマスクは着けていない Tom Brenner-REUTERS

<マスク工場の激励に行ってもマスクをしないトランプ、そこにはマスクに根強い抵抗感が残る中西部への政治的配慮が>

ミネソタ州ロチェスターにあるメイヨー・クリニックといえば、アメリカ屈指の市立総合病院として有名です。多くの歴代大統領がここで治療を受けるなど、その医療水準には定評があります。4月28日にペンス副大統領は、このメイヨー・クリニックを訪問して、新型コロナウイルスによる肺炎等の治療を行っている医師団を激励しました。

その際に、ペンス副大統領はマスクを着用しませんでした。病院側の医師やスタッフは全員マスクを着用していた一方で、着用していない副大統領の姿は、多くのメディアで批判されました。

その約一週間後、今度はトランプ大統領がアリゾナ州にあるハネウェル社のマスク工場を激励に行ったのですが、この時の大統領もマスクを着用せず、これも大きな批判を浴びました。

アメリカは現時点では新型コロナウイルスの感染が急速に拡大を続けており、公共の場でのマスク着用は義務付けられています。

それにもかかわらず正副大統領が公然とそのルールを破ったのは、まず政治的な計算があると思います。トランプ大統領は、以前から「大統領自身としてマスクを着用するか?」という記者団の質問に対しては「多くの国家元首がやっていないので」という理由で消極的な姿勢を見せていました。

バンダナで口を隠すのは銀行強盗?

政治家の姿というのは、一旦撮影されると、その後はひとり歩きして政治的に利用されてしまいます。まだまだマスク姿に慣れていないアメリカの有権者に対して、「弱い」とか「顔を隠している」というマイナスイメージを与えかねない「マスク姿」を出したくないという計算がまずあるのだと思います。

更にその深層には、アメリカ独特のカルチャーがあると考えられます。それは、西部劇のような銃社会の価値観です。

西部劇的なカルチャーでは、マスクというのは悪人の象徴です。マスクを着用するというのは、顔を見られたくない存在だという意味だからです。赤いバンダナで口を隠したスタイルというのは、西部劇では銀行強盗と相場が決まっており、その感覚が中西部では現在でも残っています。何故なら今でもそこには銃社会があるからです。

銃社会においては、まず、自分がマスクを着用していると「怪しい人間」だとして「撃たれる」危険があります。反対に、他人がマスクをしていると「身の危険」を感じて「撃ってしまう」危険があるということも言えます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story