コラム

「育休パタハラ」を生み出すのは日本企業の転勤制度

2019年06月04日(火)18時00分

企業の転勤辞令が「パタハラ」だという批判も出ているが Milatas-REUTERS

<現状の日本企業の行き詰まりを解消するには、終身雇用と転勤制度をセットで止めるしかない>

あるツイートが拡散されて話題になっています。


「改めて決意

夫日系一部上場企業で育休とったら明けて2日で関西に転勤内示、私の復職まで2週間、2歳と0歳は4月に転園入園できたばかり、新居に引越して10日後のこと。
いろいろかけ合い、有給も取らせてもらえず、結局昨日で退職、夫は今日から専業主夫になりました。

私産後4か月で家族4人を支えます」

つまり「育休を取得した夫が復帰直後に転勤を命じられ、退職した」という内容です。他のツイートから企業名が特定され、その企業に対して批判が殺到したり、これは「パタハラ(パタニティ〔父性〕・ハラスメント)」だという評価もされているようです。

企業側としては心外かもしれませんが、育休復帰の2日後に転勤内示というのは、労働者の側としてはハラスメントとしか言いようがありません。そうは言っても、これはあくまで推測ですが、企業の側には悪意はないのだと思います。

この企業は、転勤の多い会社だそうです。それは会社概要を見ればわかります。本社機構が東西2本社体制で、しかも製造拠点が全国に分散しています。相当数の事業所は規模が大きく、従業員数も多いことから各事業所が間接(管理)部門を抱えていることも推察されます。

さらに、企業の沿革ということでは、戦後比較的早期に大規模化した繊維系の総合化学企業で、人事制度はあくまで終身雇用を前提とした昭和型を維持しているという推測ができます。

つまり、法務部門であれば東京と大阪に本部機構、つまり全社に関わる案件を扱う部門があり、また全国に分散している各事業所にも法務部門がありそうです。そうなると、法務を中心としたキャリアを積み重ねるには、どちらかの本社で基礎を学んだ後には各事業所をローテーションするように渡り歩いて「小型の案件を、責任を持って処理する」経験を積ませて、本社に戻し管理職にする、その後は、人によっては子会社への出向と帰任を繰り返す、そんな人事を行っているのではないでしょうか。

技術者の場合も、プロジェクトが全国に分散しているのですから、そこをグルグル回して最後は大きな事業所で大きなプロジェクトのリーダーをさせる、そんなイメージです。

このように転勤の多い企業の場合は、社員は転勤に慣れているかというと、そんなことはないと思います。慣れ親しんだ土地から動くことは、人間関係を断絶させます。そして何よりも、夫婦共働きが前提の現代社会では、単身赴任もしくは夫婦のどちらかがキャリアを断たれることもあります。介護が困難になるとか、婚約にいたるかもしれなかった交際が破綻することもあり得るでしょう。

そうした抵抗があり、明らかに労働者の人生を破壊しているのを分かっていても転勤制度がやめられない、そうすると「個人事情を考えた例外措置」はやりにくくなります。転勤について誰もが抵抗感を持っている中では、あるケースは転勤の対象から除外するというような情状酌量はやりにくいからです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story