コラム

「育休パタハラ」を生み出すのは日本企業の転勤制度

2019年06月04日(火)18時00分

こうした企業の場合は、企業存続のための対策はただ一つでしょう。それは、終身雇用と転勤制度をセットで止めることです。

例えば、この会社が地方に事業所を持っていたとします。その事業所の規模が大きければ、責任者や管理職のほとんど、そして各部門の中堅社員は全部が「転勤でやってきた総合職」になっていると思います。それを止めるのです。

責任者は、類似の産業で責任ある管理・監督経験を積んだ人間で、その土地に根ざすことに同意した人間をスカウトすればいいのです。また法務や経理など、汎用性のある間接部門の人員も、現地調達します。または、勤務地を決めて中途採用します。技術者についても、転職によるノウハウ漏洩防止の対策を行った上で、幅広い労働市場から調達するようにします。

その結果として、「企業のカルチャーや全社の動きをよく知っている」が「転勤に関しては大きな不満や抵抗を抱えた、どこか別の土地に根ざした総合職」を引っ張ってくる必要はなくなり、その事業所は独自に「そこで働くことに抵抗のない」人材を採用すれば良くなります。

こうした提案を述べると、モラルが下がるという反論が戻ってきそうですが、それは効率的な社内監査を入れればいいのです。企業風土が弱くなり、伝統が崩れるという声もありそうですが、その伝統や風土というのが実は「非効率、低生産性」の元凶かもしれません。

特に法務や経理、人事といったアドミ部門の場合は、本来であれば社員ではなく弁護士、会計士、社会保険事務所といった専門プロで代行ができる可能性がある機能です。そのような外部の機関にルーティンを頼みながら、問題が発生したら現場の管理職が外部の専門家と一緒に解決すればいいのです。

ですが、そもそも「終身雇用の本社採用」である総務・経理・人事のスタッフを抱えたがるのは、どうしてなのでしょう? それは法律や制度の「ギリギリセーフ」を狙ったり、「裏表の使い分け」などをしているために、あるいはそこまで悪質でなくても、企業の「自己流の仕事の進め方」から抜けられないこともあるのではないでしょうか。

と言うことは、本社採用の専門スタッフという制度を止めれば、生産性は飛躍的に向上し、本来の意味でのコンプライアンス違反事例を明るみに出すこともできるのです。

日本企業の構造を、制度全体を変えずに「ワーク・ライフ・バランス」がどうとか、表面だけ取り繕っても行き詰まると思います。終身雇用と転勤をスパッと止めてしまう、つまりアジアでも欧米でも世界の企業が普通にやっている仕事の進め方に、素直に学ぶことでしか、現在の袋小路を打破する方法はないのではないでしょうか。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米ウクライナ首脳、日本時間29日未明に会談 和平巡

ワールド

訂正-カナダ首相、対ウクライナ25億加ドル追加支援

ワールド

ナイジェリア空爆、クリスマスの実行指示とトランプ氏

ビジネス

中国工業部門利益、1年ぶり大幅減 11月13.1%
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌…
  • 5
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 6
    【銘柄】子会社が起訴された東京エレクトロン...それ…
  • 7
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 10
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 6
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 10
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story