コラム

サウジのジャーナリスト殺害疑惑、誰が得して誰が損した?

2018年10月16日(火)18時00分

イスタンブールのサウジ総領事館に捜索に入るトルコ警察(15日) Murad Sezer-REUTERS

<サウジのムハンマド皇太子は投資会議開催を前に国際的威信を失い、トランプ米大統領は迷走の揚げ句に悪印象を残した。意外にポイントを稼いだのはアメリカと「手打ち」を図ったトルコのエルドアン大統領>

サウジアラビア人で、米ワシントン・ポスト紙などでサウジ現体制を批判していたジャーナリスト、ジョマル・カショギ氏が、トルコのイスタンブールにあるサウジ総領事館に入館後、10月2日以降行方不明となりました。この事件では、比較的早期に同氏が殺害されたという疑惑が持ち上がり、政治問題化していました。

特に、殺害の様子を記録した音声ファイルがあるとか、その音声がカショギ氏が身につけていた「アップル・ウォッチ」経由で記録されたらしいという話題が、まるでスパイ映画のような印象を与え、米欧では大きく取り上げられていたのです。

週明けの10月15日になって、トルコとサウジの当局が異例とも言える合同捜査チームを組んで、総領事館の捜索に着手したと報じられました。また、本稿の時点では、サウジ政府が「総領事館内で尋問中に誤って事故死させた」という報告書を用意しているという報道が流れています。

殺意があったにせよ、なかったにせよ、仮にサウジが体制批判者の生命を奪ったことになれば、現在事実上サウジの支配者であるムハンマド・ビン・サルマン皇太子の威信は、国際的にもサウジの国内的にも低下するだろうという見方が大勢です。

では、皇太子が事件に関与しているのかというと、その可能性は低いと考えられます。というのは、10月23日~25日にかけて、サウジアラビアのリヤドでは事実上皇太子が主催する「未来投資イニシアティブ(FII)」という大きな経済イベントが計画されているからです。このFIIは第2回となるもので、「砂漠のダボス会議」とも言われ、世界各国からビジネスリーダーを集めて、サウジをハイテク国家へと変える壮大なプロジェクトが語られるはずでした。

ところが、巨大投資銀行JPモルガン・チェースのジェイミー・デイモンCEOなど、多くの参加者が事件を問題視して、このFIIへの参加をキャンセルしています。皇太子としては、この会議に力を入れていたのであれば、その直前に国際世論を敵に回すような事件を起こすはずはありません。

反対に、皇太子は関与しておらず、皇太子によって腐敗を摘発されたり、財産を没収されたりした保守派が黒幕として存在している可能性は考えられます。事件を起こすことで、皇太子の威信に傷をつけ「脱石油国家」を目指した「FIIを失敗させよう」と考える勢力があったとしても不思議ではありません。

では、皇太子はシロなのかというと、その可能性はあるにしても、結果的にこのような事件が政府の所轄している在外公館内で起きるのを防げなかったことで、威信の低下は免れないでしょう。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

再送-ゲーツ元議員、司法長官の指名辞退 買春疑惑で

ワールド

ウクライナ戦争「世界的な紛争」に、ロシア反撃の用意

ワールド

トランプ氏メディア企業、暗号資産決済サービス開発を

ワールド

レバノン東部で47人死亡、停戦交渉中もイスラエル軍
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story