コラム

安倍首相の「9条加憲」は、どの層からも支持されない

2017年08月10日(木)18時00分

自衛隊の存在を憲法で明文化するのが安倍首相の狙いだが Kim Kyung Hoon-REUTERS

<自衛隊を憲法で明文化する安倍首相の提案「9条加憲」は、いわゆる護憲派、改憲派はもとより、中道あるいは無党派層のいずれの層からも支持を得るのは困難>

安倍総理の提案した「9条加憲」、つまり日本国憲法9条の1項、2項はそのままにして、新たに3項ないし「9条の2」といったものを追加し、その追加の部分で自衛隊の合憲化を書き込むという「加憲」は、果たして可能なのでしょうか?

この点については早速、自民党内から「たたき台」が出てきています。それは、「自衛隊は我が国を防衛するための必要最小限度の実力組織」と定義した上で、「前条(9条)の規定は自衛隊を設けることを妨げるものと解釈してはならない」と規定する案です。その変形としては、単純に「第3項」を付加して「前二項は自衛隊を設けることを妨げない」などとするという方法も提案されているようです。

この方法、一見すると論理が通っているようですが、よく読むと原文と「加憲」部分の接続、つまり「つながり」がまっすぐではありません。と言うのは、そこにあるのは「順接(だから、したがって)」ではなく、「逆接(けれども、しかしながら)」だからです。簡単に言えば「日本は平和主義である『けれども』自衛隊は設けていい」というロジックです。「妨げない」というのは要するにそういうことです。

【参考記事】「共謀罪法」がイスラモフォビアを生まないか

問題は、この「妨げない、けれども」ということです。ここには深刻な問題があります。日本の国の基本方針を掲げたのが原文の9条であるならば、自衛隊は、その9条1項、2項の精神に基づいて設置された存在ではなく、9条の精神に「もしかしたら反するかもしれないが、許容されるもの」、つまりは「例外的な存在」として定義されることになります。

このような改正では、安倍総理の問題提起、つまり「命をかけて防衛や防災を任務としている自衛隊が違憲だと言われる現状」からは、あまり改善されていないことになります。組織としての自衛隊も、個々の自衛隊員も、憲法から見れば「例外」という存在になるからです。これでは、自衛隊と自衛隊員へのリスペクトは十分には感じられません。

さらに、「例外規定」としての「自衛隊合憲化」を行ってしまうと、憲法としての歯止めがなくなるという問題が生じます。つまり、「9条1項、2項」を根拠に安全保障に関する憲法判断を行うことができなくなるのです。つまり、改正後の9条は、少なくとも自衛隊に関する個別の法律や運用に関しては、憲法判断が「できない設計」になってしまうわけです。国の基本法として「使い勝手が大変に悪い」憲法ということになります。

では、このような「逆接(けれども)」あるいは「例外規定」になるのを避ける方策はあるでしょうか。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story