最新記事

日本社会

「共謀罪法」がイスラモフォビアを生まないか

2017年7月25日(火)15時10分
アルモーメン・アブドーラ(東海大学・国際教育センター准教授)

東京のモスクで祈りを捧げる在住のムスリムの人たち Toru Hanai-REUTERS

<共謀罪法の成立によって日本の捜査機関は在住イスラム教徒を堂々と監視できるようになった。しかし本当に恐ろしいのは、これによってイスラムを恐れるイスラモフォビアが広がることだ>

舞台は東京のとある地域交流会館。留学生による交流会が開かれているところに男性がやってきた。地域ボランティアと称し、イスラム文化圏出身の留学生にイスラム教のことを教えてほしいと頼むと、留学生も快く彼の頼みに応じた。その後、男性はその留学生と頻繁に会うことになり、友情も深まった。

しかし、ある日、男性はこう言った。「同じ出身の他の(イスラム教徒の)友達のことを教えてほしい、普段は何をしているのか、また皆が集まるとどんな話をしているのか」。その男性は、公安関係の捜査機関の要員だったようだ。

改正組織犯罪処罰法、いわゆる「共謀罪法」が7月11日に施行された。これでいよいよ捜査機関が日本のイスラム教徒を堂々と監視できるようになる。テロ対策の一つだという。国会での与野党による熾烈な攻防の末、6月半ばに参院本会議で、政府与党が国民の強い反対を押し切って採決を強行した。罪のない一般市民の不当な監視を可能にするなど乱用の恐れがあるという批判の声に対して、政府は「法に従う一般市民には適用しない」と主張している。

しかし、政府の言う「一般市民」には、日本で暮らす外国人などが含まれているのだろうか。この動きの中で私が特に関心を持つのは、日本で暮らすイスラム教徒のコミュニティーへの影響だ。「共謀罪法」が現実となった今、果たしてその法律がどのように使われ、それによってどんな社会になっていくのか。今後の変化に、冷静に注意を払わねばならない。

【参考記事】「トランプ大統領」を誰より危惧するイスラム教徒の不安

「どうせ前から監視されている」

ネットとSNSでは、法律の施行についてコメントが飛び交っていた。
「どうせ前から監視されている」
「これからどうなるのだろう。いよいよ堂々と監視されることになるね」
「別に何とも思わない。悪いことはしていない」
「子供とか影響を受けなきゃいいけどね。監視されているかもと思うと、悲しいし、気持ち悪いね」
「ちょっとした言葉でも疑われるかもしれないね」

共謀罪法が施行されたその翌日に、あるテレビの報道番組に出演した私は「これまで陰で行われていたイスラム教徒に対する警察の監視捜査にお墨付きを与えることになる」と不安を吐露した。そもそもこの共謀罪法で一貫して議論の中心となったのは、「市民の自由を損ない、罪のない一般市民の不当な監視を可能にするなど、治安当局による乱用の恐れがある」ことだ。しかし実際には、乱用はこの法案の成立や施行前から起きていた。

7年ほど前に、日本の警察当局の捜査情報がインターネット上に流出した事件があった。そのとき捜査機関が日本に暮らす特定のイスラム教徒とその家族の名前や住所、電話番号のほか、銀行の口座番号、移動や渡航歴、出入りしているモスクなどを記録し、監視している衝撃なニュースが国内外に知れ渡った。尾行の記録やその結果報告なども克明に記され、警察が在日のイスラム教徒(日本または外国国籍の双方)を狙い、本人の知らない間に個人情報を集めている実態が明らかになったのだ。

こうした警察の行動から、イスラム教徒という理由だけで共謀罪の捜査対象になり得ることも考えられる。「こんなのは現実的な話ではない」と言う人もいるだろうが、日本の治安機関によるこういったタイプの捜査はざらにある。「犯罪を防ぐため」という名目で、これまで捜査対象にならなかった動作や言動が捜査対象になる可能性が大きくなる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ大統領、イラン最高指導者との会談に前向き

ビジネス

トランプ氏「習主席から電話」、関税交渉3-4週間ほ

ビジネス

中国で高まるHV人気、EVしのぐ伸び 長距離モデル

ワールド

国連の食糧・難民支援機関、資金不足で大幅人員削減へ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは?【最新研究】
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    日本の10代女子の多くが「子どもは欲しくない」と考…
  • 5
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 6
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 7
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 8
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 9
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 10
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 1
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 2
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 9
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 10
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中