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芥川賞『コンビニ人間』が描く、人畜無害な病理
さらにこの主人公は、後半では(ややネタバレになりますが)アセクシャル(無性愛)的な傾向を持っていることが明らかになっていきます。別の人物も含めて、こうしたキャラクター造形が人工的で、リアリティーが感じられません。
リアリティーが感じられないのは、主人公が「非常識な発想」を持ちさらに「無性愛」であることに、特に強い劣等感もなければ優越感を持っているわけでもないという書き方にもあると思います。
例えば、小鳥が死んで悲しいと思わないだけでなく、子供時代の主人公は「小鳥の墓」の回りに「花の死体が大量に供えられた」ことに違和感を抱いています。動物の死が悲しくないのであれば、植物の死も悲しくないはずですし、動物の死だけを悲しんで植物殺しをとがめないのはおかしいというのであれば、独自の世界観から抵抗精神や自己主張が出て来そうなものですが、それは抑制されているのです。
つまり「大変に非常識」だけれども、それは「全世界」について別の見方をしているような「とんがった人」だということでもないし、異常視されて被害者意識にまみれた人間でもない、要するに「人畜無害」な「普通の人」に設定されているのです。
【参考記事】未婚男性の「不幸」感が突出して高い日本社会
コンビニが限りなく心地良い「居場所」だというと、そこに依存している、反対に依存しないといけないような、何らかの「欠落」を抱えた人間ということになりそうですが、決してそんな「危ない人」には描かれていないことも作品を特徴づけています。
しかも一人称独白体(ファーストパーソン・モノローグ)を選択していることで、その言動は明らかに非常識であるにも関わらず、書いている視点は常識人という分裂が埋め込まれています。これに加えて、語彙の選択を含めた文体についても、とにかく「引っかかり」を無くすように、突出した個性が出ないように注意が払われています。その結果として、流れていく時間は極めて凡庸な感じになるように設計されています。
結果として、「常識とはかけ離れている」主人公ではあるが、その日常は極めて平凡に淡々と流れているという、不思議な「浮遊感覚」をもった空間が生まれているわけです。そこには、何の「意味」も感じられないし、何の「論点」もない、そのような設定が、かなり意識的に貫かれています。
確かに、コンビニにしか「居場所」がない人間であるとか、自分は「性交は不気味で気が進まない」という人物を「意味」や「論点」を込めて提示することになれば、そこでは「聞き飽きた退屈な社会派的ディスカッション」が誘発されてしまうわけです。
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