コラム

イラン核合意が日本の安全保障に与えるインパクト

2015年07月16日(木)17時00分

 いわゆる「集団的自衛権の行使は合憲」という解釈の上での、一連の「安保法制」を成立させようという日本の動きは、アメリカでは大きく報じられてはいません。何よりも14日にウィーンで発表された、「イランとの核協議合意」のニュースが大きな話題になっているからです。

 非常に簡単に言えば、今後15年間にわたって、イランは核兵器の製造につながる濃縮ウランの製造を制限されます。また、この点に疑念が生じた場合にはIAEA(国際原子力機関)による査察をイランは受け入れることになりました。その見返りとして、国際社会はイランに対する経済制裁を解除するというのが要点です。

 今回の合意は「EU+E3(英独仏)+3(アメリカ、中国、ロシア)」とイランによるもので、オバマ大統領はウィーンでの発表の直後の臨時会見を行い、「これはあくまでイランを信頼するということではなく、イランを監視する仕組みを作ったものである」として、早速反対派の疑念を牽制しています。

 その「合意反対派」であるアメリカの共和党とイスラエル、サウジなど湾岸産油国は、早速反論に出ています。ただ、その反論は「査察条件のゆるさ」など具体的な改善要求というよりも、「原理主義的な政権の下で制裁を解除するのであれば、流入したカネで核開発をするのは必至」だという主張がメインで、これでは「イランがイスラム国家という国のかたちを維持する以上は、永遠に経済制裁を続けるべき」と言っているに等しいわけです。

 そうした「絶対反対」という論の背後にあるのは、まずエネルギー産業などの利害を代表して原油価格を高めに誘導したいという動機があり、その次にパレスチナやヒズボラや、イエメンのフーシー派などを支援してきたイランとの敵対関係があるわけです。

 では、その反対にオバマ政権が、とりわけジョン・ケリー国務長官などがイランとの合意に漕ぎ着けた背景には何があるのでしょう? まず、安定的な経済成長のためにも原油価格の更なる一段安を実現したいということもありますが、それ以上に、イランとの関係を改善することが「現在のイラクのシーア派政権の安定」と「ISIL包囲網の完成」という中東政策の「要」とでも言うべき戦略性を持っているということがあります。

 また、EUが合意に熱心である理由としては、イスラム系の住民が増加を続け、ISILの影響力が浸透する中で、イランとの平和的な関係を構築することが、域内の安全に結びつくということがあると思います。

 中国の場合は、何と言っても原油価格の安定が経済成長を続ける上での重要なファクターということが指摘できます。一方でロシアの場合は、原油安になるのは困る立場ですが、イランへの影響力行使を継続するということ、そしてISIL包囲網の完成は支援しているアサド政権の延命にプラスだという計算があると思われます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

赤沢再生相「国益考え対応」、米関税めぐる自民部会 

ビジネス

インド卸売物価、3月は前年比+2.05% 4カ月ぶ

ビジネス

英労働市場に減速の兆し、企業の税負担増を前に 賃金

ワールド

ウクライナ和平案、米国との合意は容易ではない=ロシ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 2
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトランプ関税ではなく、習近平の「失策」
  • 3
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができているのは「米国でなく中国」である理由
  • 4
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 5
    「世界で最も嫌われている国」ランキングを発表...日…
  • 6
    NASAが監視する直径150メートル超えの「潜在的に危険…
  • 7
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 8
    シャーロット王女と「親友」の絶妙な距離感が話題に.…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 1
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最強” になる「超短い一言」
  • 2
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 3
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 4
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 5
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 6
    「ただ愛する男性と一緒にいたいだけ!」77歳になっ…
  • 7
    投資の神様ウォーレン・バフェットが世界株安に勝っ…
  • 8
    「吐きそうになった...」高速列車で前席のカップルが…
  • 9
    コメ不足なのに「減反」をやめようとしない理由...政治…
  • 10
    まもなく日本を襲う「身寄りのない高齢者」の爆発的…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 7
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story