コラム

アメリカで政争化する「エボラ・パニック」

2014年10月21日(火)14時24分

 今回のエボラ感染では、西アフリカに渡航してエボラとの闘いに献身していたアメリカ人医師2人と医師の妻1人の計3人が、8~9月にかけて発症し、アメリカ本国に移送後、治療が成功して快癒しています。そしてリベリア人でアメリカ渡航後に発症し、死亡した患者が1人。さらにこのリベリア人の治療にあたったテキサス州ダラスの看護師2人が発症。これとは別に、NBCのTVカメラマンが発症と、現時点まで計7人がアメリカ本国における症例として出ています。

 最初の3人については治療に成功したばかりか、2次感染などの問題は一切起きなかったために、この時点ではアメリカ社会には過剰な反応は起きませんでした。

 しかし死亡したリベリア人を治療したダラスの病院は大きな批判の対象となったばかりか、この病院が「震源地」となって数件の問題が出ています。まずこの病院は、一度来院したこの患者に関して「西アフリカから渡航した」ということを確認したにも関わらず、エボラを疑うことなく一旦帰宅させたという問題があり、さらに2日後にこの患者が重篤となったのちに緊急入院させた後、治療にあたった看護師2人が感染・発症してしまったのです。

 看護師2人のうち、1人はエボラ患者の看護を終えたのち、勤務地であるテキサス州のダラスから、実家のあるオハイオ州のクリーブランドに飛行機で移動、その後は微熱が出た状態で、クリーブランドからダラスに戻っています。この事実が判明したために、看護師は批判されるとともに、フライトで一緒だった計数百人は「監視対象」になり、またクリーブランドでこの看護師が訪れた店は、臨時休業に追い込まれています。

 いずれにしても、このダラスの病院は大変な批判の対象となり、またこの病院の看護師組合も病院側の体制を厳しく糾弾したこともあって、2名の看護師はダラスで治療するのは不適当だということになり、1人はジョージア州のエボラ治療で救命実績のある病院、1人はメリーランド州の国立の研究施設に移送されて治療中です。

 ちなみに、微熱の状態でクリーブランドに往復して非難されている看護師は、事前に病院とCDC(米疾病対策センター)に確認して「旅行許可」を得ており、帰路のフライト前にも一日3回検温してCDCに逐一報告した上で「飛行機に搭乗しても良い」という許可を得ていたと言っています。このためメディアなどから自分が受けた苦痛は理不尽だとして、家族によればCDCを告訴する準備に入っているそうです。

 もう1人の看護師の方は、一時は重い症状が出ていたという報道もありましたが、容体は安定してきているそうです。いずれにしてもこの両名は、発症直後は勤務先であるダラスの病院で治療を受けていたのですが、より専門的な病院への移送が決まってダラスを去る時には、病院のスタッフ総出で見送りをして、特に看護師仲間は「ガンバレ」というプラカードを掲げるなど「熱い連帯の姿勢」を示していたのは印象的でした。

 さらにこの病院で、死亡した患者の血液等を検査のために扱った技師が、メキシコ沖の「豪華客船クルーズ」に乗船していたことが判明し、技師は自主的に「隔離」つまり自室にこもる措置をしました。アメリカ政府は、ケリー国務長官の判断で、この技師を緊急下船させて、ヘリ移送することを考え、至近距離にあったベリーズ、そしてメキシコへの寄港をアメリカ政府として要請したのですが、両国からは拒否されてそのままクルーズ船はアメリカ本国に戻っています。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story