コラム

ボストン・マラソン爆弾テロ、事件当夜のアメリカ

2013年04月16日(火)13時41分

(※速報です。あくまで現地時間の事件当日4月15日の22時半現在の情報に基づいての記述であることをご承知置きください。)

 有名なマラソンの世界大会であるボストン・マラソンのゴールは、ボストンの中心街であるコプレイ広場近辺に設定されています。今回の大会は、4月15日の月曜日、約2万7000人がエントリするという規模で行われ、晴天に恵まれて大会は進行していました。スタートは、午前9時から断続的に行われ、優良タイムの「エリート男子」は10時のスタートで12時台にはこの集団がゴール、以降は順次いわゆる「市民ランナー」がゴールを続けていたのです。

 事件が起きたのは東部時間の午後3時過ぎ、まずゴール直前の観客席の設定されている歩道のゴミ箱で爆発が起き、その約10秒後にランナーにとっては、ゴールより少し手前の別の場所で爆発が起きたのです。直後には「ガス爆発では?」とか「イベント用の発電機が爆発したのでは?」(いずれもCNN)という見方もあったのですが、ほぼ同時に2カ所で爆発があったことと、捜査当局が他に2つの爆発物を発見していることから爆弾テロであることはほぼ確実視されています。(もう1カ所、近隣の図書館での爆発は事故であり無関係ということです)

 その後、被害の状況は拡大していき、現時点(当日の22時半)では8歳の男の子を含む死者3名のほか、負傷者は141名(うち17名が重傷)という規模となっています。ボストン市警は、市内中心部での外出を禁止すると共に、爆発物の遠隔操作をおそれて携帯電話の使用を禁止、また事件現場上空は「飛行禁止区域」に設定したようです。

 この事件を受けて、NYをはじめアメリカ北東部では「テロへの警戒態勢」が取られていますし、オバマ大統領もすぐに会見を行なって、事実の解明と、犯人への厳正な処断をすると表明しています。

 現時点で分かっているのは、次のような事実です。

(1)現時点で、犯行声明は一切なし。

(2)爆発物は衝撃波を強めたものではなく「高度な爆弾」とは言えない。

(3)一方で、殺傷力を高めるためにベアリング用のスチールボールを混ぜていることから「全くの素人」とも言えないし、悪質性が高い。

(4)ボストン市警が「重要参考人を拘束」(現地19時半現在、連邦下院のマイケル・マッコール国土安全保障委員会委員長の発言)という情報があったが、真偽は不明。続報もなし。(21時半現在)

(5)その一方で現地の21時前後から「州警察とFBIのジョイントチームで監視カメラ映像の解析が始まった」というニュースも流れている。

(6)現場に「不審な引越しトラック」が出入りしていたという情報があり、当局はそのトラックを捜索中。(現地21時過ぎ)

(7)足を負傷したサウジ国籍の男性が病院で当局の監視下にあるという情報もあるが、詳細は不明。(現地21時)

 ところで、現在のアメリカは「ポスト9・11」という時代から脱したわけではありません。ですから、直後には「イスラム原理主義者のテロ」という「第1印象」を持った人が多いようです。例えばCNNでは「仮にイスラム原理主義者の犯行なら、どうしてイスラム圏から大勢の選手が参加している国際大会を狙ったのか?」という「憤り」のコメントが出ていました。(直後の現地15時台)

 ですが、その後「犯人は国外、国内双方の可能性から捜査」という声が高まり、上記のマッコール議員(共和党、テキサス州選出)なども「2001年の炭疽菌テロ事件のように、捜査が混乱してはならない」という発言をしています。

 では、仮に「イスラム原理主義者」以外ということになると、どのような可能性があるのでしょうか? 1つ言われているのは、この4月15日というのは「4月19日」という忌まわしい日付に近いということです。

 まず1993年の4月19日にテキサス州のウェイコ近郊にあった「終末論宗教」のブランチ・ダビディアンという教団が、連邦政府のATF(アルコール・タバコ・火器及び爆発物取締り局)と銃撃戦の結果、ほぼ全滅して81名の死者を出したという事件がありました。

 更にこの事件のことを「連邦政府が人民を虐殺した」として、以降激しい憎悪を連邦政府に向けていた帰還兵のティモシー・マクベイという白人の若者が、この「ブランチ・ダビディアンの命日」である2年後の1995年4月19日に、オクラホマにあった連邦政府のビルを爆破しています。168人の犠牲者を出した「オクラホマシティ連邦政府ビル爆破テロ」事件です。

 1つの可能性は、この2つの事件に影響を受けた人物が、その「4月19日」に近い日付にあったこのイベントを狙ったというストーリーです。

 もう1つ考えられるのは、同じような「国際的なスポーツ大会」を狙った爆弾テロとして、1996年のアトランタ五輪での爆弾テロという事件に影響を受けたという可能性です。それは、1996年7月27日にオリンピックの開催中に会場内の広場に爆弾を仕掛け、2名が死亡、111人が負傷したという事件でした。

 このアトランタの事件ですが、衝撃波の弱い爆弾であったにも関わらず、飛散させるために釘を入れていること(今回のボストンの場合はベアリングの小さな球)、比較的安易な爆弾の設置がされていること(アトランタはベンチの下、今回のボストンはゴミ箱)など、今回の事件との類似性を指摘することができます。

 ちなみに、このアトランタの事件の犯人であるエリック・ルドルフは犯行の理由として「オリンピックというのは、グローバル主義者や他国籍企業が、ジョン・レノンの『イマジン』にあるような国際的な社会主義を実現する陰謀の場」であり、それが「妊娠中絶を容認する勢力」と結びついているから「大会の中止に追い込まなくてはならなかった」という「声明」を発表しています。そのような「価値観」に共感するような人物なら、「典型的なリベラルの街」であるボストンでの国際的なスポーツ大会を憎悪の対象とした可能性は、とりあえず説明はつきそうです。

 その一方で、本稿の時点では、捜査当局は「外国人アクセントのある褐色の肌の男」を追っている(20時35分過ぎ、CNN)という情報も入ってきています。爆発の5分前に立ち入り禁止区域に入ろうとした男で、黒いバックパックを背負っていたというのですが、この情報も詳細は不明、というところです。

 いずれにしても、「4月19日」という日付であるとか「アトランタ」の事件に影響された国内テロリストの犯行なのか、「外国人アクセントのある褐色の肌の男」や「負傷したサウジ国籍の男性」という「もしかしたらイスラム原理主義者?」というニュアンスの国外犯の犯行なのか、とりあえずはこの「2つのストーリー」を仮説として捜査が進む可能性があります。

 ただ、そうした予見にこだわり過ぎると2001年に発生した「炭疽菌テロ事件」のように、2008年に犯人(アメリカ人の科学者、つまり純粋な国内犯)が自殺するまで捜査が迷走するという危険もあるわけです。マッコール議員は、そうした可能性を指摘しているわけです。

 それはともかく、今回の事件にあたっては、無事であったマラソン参加者の多くが病院に直行して献血をしており、医療関係者からは感謝の声が出ている一方で、ボストン地区の病院の緊急救命体制は優秀であり、現在はそれがフル稼働しているという報道もあります。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story