コラム

被災地の時間感覚

2013年03月11日(月)12時45分

 東日本大震災から2年という時間が経ちました。今日一日の各メディアは、震災2周年の報道が色濃く続く中、日本ではこれから被災のあった時刻に犠牲者の追悼行事が行われるのだと思います。問題は、そのように被災地と全国が一体となる機会が、徐々に少なくなって行くことです。全国レベルで考えると、通常は「日常の時間」が流れているわけですが、この日は「震災2周年」という「非日常の時間」になるわけです。

 一方で、被災地では今でも日常の時間は回復していません。住居は様々な意味で仮住まいの人が多く、産業も、従って雇用も元通りにはなっていません。何もかもが異常事態であり、そのような「非日常の時間」が今も続いているのです。被災地が被災地であるのは、そのように「非日常」が続いているからであり、仮に本当の意味で「日常」が戻って来た時には、被災地は被災地ではなくなるのでしょう。

 私の住むニュージャージー州におけるハリケーン「サンディ」による被災というのは、人的被害という意味では東日本大震災とは全く比較にはなりません。ですが、今でも多くの大西洋沿岸部の住民は仮住まいを強いられる中、浸水したり流されたりした住宅の再建はできていません。

 そんな中、米国北東部以外のアメリカに住む人々の間では「サンディ」の被害のことはほとんど話題に上らなくなっています。例えば、ニュージャージーのクリスティ知事(共和党)は、サンディ被災からの復興予算に関して、粘り強くワシントンの連邦議会に陳情を続けていますが、12月の時点では「財政の崖」の論議で動きが取れないことを理由に、議会は復興予算の審議を放置しました。

 さすがに1月になってから予算を可決していますが、今度は「歳出の強制カット」という法律が3月から発動されて復興予算も15%削減になる危険が出てきています。こうした動きに対して、クリスティ知事は議会下院で多数を占める自分の出身政党である共和党のベイナー下院議長を名指して批判しました。そのために、今週の3月14日から行われる共和党保守派の大会に「招待されない」という仕打ちを受けています。

 要するに「共和党政治家のくせに『大きな政府論』から下院議長を批判するのはケシカラン」というのです。首都ワシントンや全国の「保守派」はもう「ハリケーン・サンディ被災」という事実の重さを完全に忘れ「日常の時間」に戻っているのです。

 ニュージャージーの州内には最近「ジャージー・ストロング」というスローガンをよく見かけるようになりました。「わが州の人々よ、強く生きよう」というような意味ですが、この力強いスローガンこそ、「自分たちはまだ痛みを抱えている」という証拠であり、復興が全く進んでないことの証でもあるわけです。ちなみに、州外に行けば全く見ることはありません。

 勿論、先ほど申し上げたように「サンディ」と「東日本大震災」を比較するのは抵抗があるのですが、被害総額ということでは東日本大震災が16・9兆円(内閣府推計)に対して、サンディが5兆円前後(12月時点で報道された額の平均)という規模ですから、社会の「痛み」ということでは、決して比較にならない規模ではありません。

 この「サンディ」復興を遅らせているのは、ワシントンや全国世論の無神経さということだけではなく、その奥にあるのは「厳しい財政事情」という問題です。ベイナー下院議長も、別段人間的に冷血漢だから復興予算の審議を遅らせたのではないと思います。復興予算の「特別扱い」ができないほど、米国政府の財政規律回復という問題は深刻だったからだということができます。

 では、日本の東日本大震災の場合はどうなのでしょう? 今日、3月11日の一日は全国が「追悼と復興への思い」に染まるとしても、明日からは被災地以外の地域は「日常の時間」に戻っていってしまうのです。一方で被災地の「非日常の苦しみ」はまだまだ続きます。そうしたギャップはどうして生まれるのでしょうか? 

 東日本大震災の場合は、単に財政事情だけではないように思われます。3つの問題が、被災地に重くのしかかり、同時に被災地以外の全国に対しても突きつけられていると思います。

 1つ目は、過疎と少子高齢化の問題です。東北の復興に関しては、他の問題にこの過疎と高齢化の問題が重なることが問題を複雑にしています。「日常」が戻って来るのを待っていても、若い世代はどんどん流出してしまう、そのような中で産業の復興をどう実現していくのか、それは「国土強靭化」などというスローガンでは支えられない難しさを持っていると思います。

 2つ目は一極集中の問題です。東北においては仙台への集中があり、全国レベルでは東京への集中があって、このトレンドを引っくり返す流れは残念ながら起きていません。そのような中で、国富からの「投資」を被災地に持って行くことで、どのような将来のリターンを描けるのか、この展望の無さという問題も大変な重苦しさを持っていると思います。

 3つ目は、原発事故と残存する放射性物質、そして除染の問題です。今回の事故は、大規模な原発事故が深刻な世論の分裂、あるいは地域、家庭内の分裂を招くことを証明してしまいました。人間には危険回避の本能があるのですが、その本能が二通りに作用してしまうのです。ある場合は「数ベクレルの放射性物質も生体として忌避してしまう」ように作用し、ある場合は「経済的な繁栄を失う危険への本能的な恐怖が優先し、放射性物質の危険性に対しては本能に翻弄されない」わけです。そのような相反する行動に社会が分裂すること、そしてその分裂エネルギーの力には抗しがたい中で意思決定が大きく揺れているわけです。

 そう考えると、被災地の問題は被災地に限った問題では「全くない」ことを痛感します。この3つの本質的な問題に答えを出さなくては、被災地に日常の時間は戻らないからです。この難しさというのは、やはりアメリカのハリケーン被災とは質的に全く異なります。

 アメリカの場合は、仮にこの先も景気が自然回復をしてゆくようになれば、最終的には必要な復興予算の原資も出来て来るかもしれません。ですが、日本の東北を完全に復興させるためには、その復興が全体の成長につながるような本質的なグランドデザインを描かないといけないからです。

 現在の安倍政権は、復興予算の「執行」を加速させることを優先しています。それはそれで現実的・実務的には必要なことだと思います。ですが、その先の段階に進むためには、「過疎高齢化、一極集中、エネルギーに関する国論分断」の3つの問題にしっかり向き合って、社会としての合意形成に持って行って欲しいと思います。そのことは「戦後レジーム」がどうとか「憲法」がどうとかということより何倍も重要であると思われます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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