コラム

無人機(ドローン)戦争の危険性

2013年01月15日(火)12時48分

 尖閣諸島を巡る緊張に関しては、当初は船舶による挑発が主でしたが、その後は航空機による領空侵犯とこれに対する日本側のスクランブル警備行動といった「空」の緊張に移行しています。その延長で、日本側から「威嚇射撃もやむを得ない」という発言があったとかなかったという話が出て、ちょっと「エスカレートし過ぎ」というムードになると、一転して今度は「無人機(ドローン、またはUAV)」が話題になってきています。

 話としては2つあって、中国側が「無人偵察機」を飛ばして挑発してくるだろうというストーリーがあり、これに対して日本側としてはアメリカ製の無人機を同地域の警備のために導入しようという話が報道としてはあるようです。

 具体的には、中国はアメリカの無人機「プレデター(RQ-1)」をコピーした「翼竜」という機で情報収集するらしいとか、日本はアメリカのグラマン社製の無人偵察機「グローバルホーク(RQ-4)」を導入して同空域の警備に当たるというのです。

 1つ確認しておかねばならないのは、中国が使用するという噂のRQ-1のコピー機は、基本的には最大高度8000メートルという低空用である一方で、RQ-4は2万メートルというほぼ成層圏の高空からの偵察を主とする性格の機体だということです。ですから、登場する機が、RQ-4とRQ-1のコピー機だけであれば、いきなり「無人機同士の空中戦」になるという懸念は取りあえずはありません。

 では、無人機による偵察合戦というのは危険性は少ないのでしょうか?

 そんなことはありません。問題は大ありです。このまま、尖閣に端を発して東アジア一帯で「無人機戦争」がエスカレートするということになれば、大変なことになると思います。

 この無人機による戦争ですが、既にイラク、アフガニスタンの戦争では補助的な役割として実戦使用されているばかりか、現在でもアフガンとパキスタンの国境地帯における「タリバン・アルカイダ狩り」の主要な手段として継続的に使用されているのです。

 どうして無人機なのでしょうか? 色々な理由があります。まずイラク戦争やアフガン戦争の場合は、情報収集にしても、攻撃にしても有人の戦闘機では撃墜されて人的被害の出る危険があるわけです。ハイテクを有するアメリカの一方的な理屈ではありますが、とりあえず米兵の犠牲を避け、無人機で偵察や攻撃が出来ればそれに越したことはないというわけです。

 ところが、現在の使われ方、つまりアフガン・パキスタン国境での使用というのは違います。アメリカが情報収集活動の結果、テロ容疑者がパキスタン領内に潜んでいたという諜報がもたらされたとします。その場合に、パキスタンとアメリカは戦時国際法上の戦争状態はありませんから、アメリカはパキスタン領内に潜む人物の身柄を拘束するにはパキスタン政府に依頼するしかありません。

 ですが、それは不可能です。パキスタンの軍や警察にはこうした問題に関しては反米的な人物が混じっており、容疑者に情報が漏洩して取り逃がす可能性があることが一点、更に、仮にパキスタン政府が容疑者束縛に手を貸したとすると、世論に猛反発を受けるという問題があります。

 では、米軍が有人の戦闘機でパキスタン領内で攻撃を行うとなると、これは大問題になります。そこで、アメリカは「無人機で攻撃して、テロ容疑者を殺害する」という作戦を行なっているわけです。これは全く超法規的な行動です。報道主体の立場によって数字は様々ですが、一般的にはこの無人機によってパキスタン領内で1000~2000人の民間人が殺害されているという見方がありますが、米国はそのほとんどを認めていません。

 また、米国内の体制としても、無人機作戦を行う主体は純粋に軍(国防総省)だけではなくなってきています。例えば「操縦は民間(戦争代行業者)」であるケースがあり、また極めて「超法規的な」攻撃はCIAが主導して行う、その結果として公的には「一切知らぬ存ぜぬ」というようなものもあるようです。

 このCIAに関して言えば、女性スキャンダルで失脚したペトレイアス前長官というのは、陸軍のエリートとして「有志連合の正規軍を使って反米勢力を駆逐し、現地の親米政権による治安維持が可能であるように育成した後に米軍は撤退する」という「正攻法」で来た人物です。ですが、彼の失脚後にCIA長官に指名されたジョン・ブレナンという人は、こうした「超法規の無人機作戦」の仕掛人だという報道もあり、もしかしたら「青臭い正攻法に固執した」ペトレイアス氏は「ハメられた」のかもしれません。

 それはともかく、核廃絶宣言など「長期的なターゲット」に関しては理想論を語ることの多いオバマ大統領ですが、短期的な「背に腹は代えられない」問題に関しては、驚くほど果敢に「変化球や隠密作戦」に走る傾向があるのです。この「超法規的な無人機戦争」というのは、特にオバマ就任後にエスカレートしているだけに、この政権の暗部だとも言えるでしょう。そして「歳出削減に当たり軍事費も聖域化せず」という政権の方針を受けて、2期目に入った以降は、更にこうした「隠密作戦」は増えるのではないかと思われます。

 一番の問題は、超法規であることです。そして情報戦と騙し合いの世界だということです。そのような危険極まりないものを導入し、人が乗っていないから危険性が少ないと考えるのは誤りだと思います。

 例えば、尖閣空域においては、無人機が導入されることで、現在パキスタンで起きているような民間人を巻き込んだ殺戮に発展する可能性は当面は少ないでしょう。ですが、危険な偵察合戦や無人機同士の情報戦などがエスカレートした場合に、存在そのものが国際法の「抜け道」である無人機の場合は収拾がつかなくなるというのは怖いと思います。

 一番怖いのは、そのような「無人機による超法規的な偵察合戦」つまりは「無人機戦争」を仕掛けることで、中国に対して「国際ルールに従え」とか「もっと開かれた社会に」というメッセージが全く伝わらなくなるということです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story