コラム

震災瓦礫の広域処理、3月11日に声明を出すのは何とかならなかったのか?

2012年03月12日(月)13時01分

 最初にお断りしておりますが、震災瓦礫の広域処理は進めるべきだと思います。また、この問題で敢えて踏み込んだ姿勢を示した野田政権を批判するつもりはありませんし、仮にこの材料を倒閣の材料にしようという勢力が出てくるのであれば、その非人間性には怒りを覚えます。

 ですが、他でもない3月11日に他でもない野田首相が「災害廃棄物処理特別措置法に基づき、文書で協力を要請する考えを表明」したというのは、何とかならなかったのかと思うのです。野田首相の「国は一歩も二歩も前に出て行かなければならない。日本人の国民性が試されている」というセリフも、主旨は分かりますが、3月11日に言うべき内容であったのかについては、疑問が残ります。

 とは言っても、私の感想はそんなに単純に整理はできないので、箇条書きにすることをお許し下さい。

(1)3月11日には犠牲者の追悼や国際的支援への感謝に徹して欲しかったように思います。3月11日というタイミングが最大限に効果があるだろうという計算の下で、瓦礫の広域処理という実務的な問題を持ち出すことには違和感がありました。

(2)それは、精神的な「統合の要」や国外へ向けて国を代表する役割から、首相が降りることを意味します。病躯を押してその役を全うした天皇との役割分担が、余りにも明確過ぎるように思うのです。精神的なリーダーシップや外交儀礼の丁寧な実行について、現在の議院内閣制の総理大臣には担う条件がないということになれば、宮家がいくつあっても足りないことになります。あるいは公選首相という制度を憲法を改正してでもやらねばという話にも関係してきます。とにかく「国のかたち」が不安定になっているのを感じます。

(3)就任当時は「低姿勢のどじょう宰相」で鳴らしていた、野田首相がまるで「自分が悪者になってでも」というような180度の転換をしているのは、何となくイヤな感じがします。もしかしたら、この瓦礫の広域処理に始まって、消費税アップ、原発再稼働といった難問を「悪役を演じつつ乗り切った」時点で、政治的な資産を消費し尽くして辞める覚悟なのかもしれません。仮にそうだとしたら、覚悟としても、ちょっと違うのではないかと思うのです。どうせなら、再編の中で必要な改革を実務的に進めることのできるような流れを作って、そこに合流していくのが筋ではないでしょうか?

(4)瓦礫の広域処理に関してですが「日本人の国民性が試されている」というような自分が悪者になった言い方は悲壮に過ぎます。もう少し普通のセリフ、特に野田首相が得意なはずの「低姿勢」で人の心に響く言い方はできなかったのでしょうか? 

(5)例えばですが、「放射線が検出されなくても、遠く離れた被災地から大災害の証拠とも言うべき瓦礫が運ばれてくることに、できれば遠ざけたいという人がいる」ということをまずは受け止めることはできなかったのでしょうか?「東北の甚大な被害は人ごとではないからこそ、その痛みを想像することができるからこそ、瓦礫は敬遠したい」という人々の直感をまず受け止め、「それは震災の心の傷が遠く離れた地方の人々にもある」ことだとしながら「あなた自身のその傷を乗り越えるためにも、被災地の瓦礫の山を無くすための協力はできないのでしょうか?」と問いかけるというのはどうでしょう?

(6)別に「きれいごと」めいたレトリックを工夫せよと言っているのではないのです。ただ、野田首相が就任当初にやっていた「自分はどじょう」だという謙遜のロジックは、人気取りのイメージ戦術だけでなく、今回の瓦礫処理問題などの実務的な問題、実務的な問題で利害が調整不能になっている問題でも、応用が利くのではと思うのです。こうした面倒な問題に際して見事なまでの低姿勢を発揮して調整ができれば、日本の政治ももう少し前へ進むと思うのです。

(7)その点で言えば、低姿勢などとは正反対のスタイルでグイグイ押しているのが、大阪の橋下市長です。ただ、本当に「船中八策」にうたっているような既得権益にメスを入れる中で多くの人々に不利益変更を納得させなくてはならないとしたら、どこかで強気一辺倒のスタイルだけではなく、十分に相手の立場に立った低姿勢を導入すべきだと思うのです。そうでなくては、最終的に改革はどこかで行き詰まるのではないかと思います。

(8)何でも「~させていただく」というような形だけの謙遜ではなく、本当に相手の立場、相手の痛みを受け止める低姿勢というのは、実はパワーのいるものです。これからの厳しい時代において、必要な改革を進め、必要な調整を成立させてゆくリーダーシップというのは、そのような意味での強さを必要としているのかもしれません。その意味では、野田首相は現役の国政レベルの政治家の中では素質のある方だと思うのです。それだけに、「国民性が試されている」という発言は残念に思われます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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