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冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代
人生ドラマ満載のワールドシリーズ、いよいよ開幕
今年のメジャーリーグのワールドシリーズは、昨年に続いてフィリーズとヤンキースの名門同士の再戦になる、そんな予想していた人が多かったように思います。私もその1人でしたが、この期待は完全に裏切られました。両チーム共に、プレーオフの第2段階「リーグチャンピオンシップ・シリーズ」で敗退してしまったのです。その代わりに、最高の舞台へとコマを進めたのは「サンフランシスコ・ジャイアンツ」(8年ぶりの進出)と「テキサス・レンジャース」(球団創設以来初進出)というシーズン当初は誰も予想しなかった組み合わせでした。
この両チーム、実はここへ来て人気急上昇中です。私の住むニュージャージーでは、元々はヤンキースとメッツのファンが多いのに加えて、ここ数年フィリーズのファンも増えていたのですが、今回、フィリーズとヤンキースが同時に敗退したのに合わせて、ショッピングモールでは「レンジャーズやジャイアンツの風船」を売っていたりしますし、帽子も出回っており「にわかレンジャース・ファン」や「にわかジャイアンツ・ファン」が出てきているようなのです。実際にプレーオフの視聴率もここ数年の傾向を吹き飛ばす好結果が出たそうです。
この2チームですが、何が魅力なのでしょうか? それは両チーム共に「人生ドラマが満載」、つまりキャラの立った選手が多いということです。そして、その人生ドラマのほとんどが、挫折と再生の物語、つまり「セカンドチャンス」を活かした男達の姿、そして「世代同士の連携」といったドラマであり、正にこの2010年秋のアメリカ社会が渇望しているものに重なっているのだと思います。
その筆頭はレンジャースの主砲で、今回のALCS(プレーオフ第2段階)のMVPに選出され、リーグの年間MVPの有力候補でもあるスラッガー、ジョシュ・ハミルトン選手でしょう。ドラフト一位指名で入団し、若くして将来を嘱望されながらケガをきっかけに、重症の薬物とアルコール中毒に陥って解雇され、本当に地獄を見た中から再生を果たしてきた物語は、今、アメリカで最も有名なパーソナルストーリーかもしれません。
そのハミルトン選手ですが、重症のアルコール中毒からリハビリで更正したために、アルコールは一滴も許されていません。そのことはチームメートも良く知っており、先週の対ヤンキース第6戦を制して、地元でリーグ優勝を決めた瞬間には、祝勝のお祭り騒ぎがグラウンドで始まったのですが、チームの全員が「ジンジャーエールのペットボトル」を「シャンパン・ファイト」の代わりにしていました。私はTVでその光景を見ていて思わず目頭が熱くなってしまいました。
レンジャースの「再生物語」といえば、コルビー・ルイス投手も忘れてはなりません。100マイル(160キロ)を越える速球を投げ、期待されてメジャー入りし一旦はシーズン10勝を挙げたものの、故障に苦しんで最終的にはメジャーを解雇されてしまったルイス投手が選んだのが、日本へ行くという決断でした。2008年、2009年の2シーズンを広島カープで過ごしたルイス投手は堂々とエースの働きをすると共に、カーブボールを磨いたり、日本流の緻密な野球を学んだりすることができたのです。
そのルイス投手は今年、古巣のレンジャースに再入団して先発ローテーションに定着、今回のALCSでも2試合に先発して2勝、特に優勝を決めた第6戦では8回を1失点に抑える活躍をしています。ヒーローインタビューに応じたルイスは、満員の観衆と全米の野球ファンに対して「私が今ここにいるのは、日本球界がチャンスをくれたからです」と述べていました。広島ファンの中には、ルイス投手の「突然の帰国」を残念に思っている方もあるかもしれませんが、ここまで見事な「カムバック」を果たし、しかも大舞台で日本球界に謝意を述べたルイス投手のことは、どうか許して欲しいと思います。
その他にも、今回ワールドシリーズで対戦するジャイアンツの正捕手を長期間務めながら、今年の半ばに突然放出されてやって来たベンジー・モリーナ捕手も、松井秀喜選手の加入を前提にエンゼルスから押し出されてきたウラジミール・ゲレロ選手も、みんな、新天地で水を得た魚のように「再生」しています。そもそも、このチーム自体が実は今年の前半に「法人としては破産法適用」を受けて一度潰れているのです。これは球団経営が悪化したというよりも、持ち株会社の経営行き詰まりの結果、球団売却に難航する中での「金融リストラの一つのプロセス」としての破産ではあったのですが、とにかく球団としても一度潰れて甦ったというのは間違いありません。
一方のジャイアンツも同じようなところがあります。今回NLCSのMVPになったコーディ・ロス選手は、今季途中でフロリダ・マーリンズから一旦は戦力外通告を受けておりジャイアンツに拾われていますし、パット・バレル選手(元フィリーズ、レイズ)、ファン・ウリベ選手(元ホワイトソックスで井口資仁選手の同僚だった。その前はロッキーズ)など、カネで集められたというよりは、長年在籍したチームから見切られてきた苦労人が多く、その彼等がいぶし銀のような働きをしているのです。
ジャイアンツの場合は、こうした渋いベテラン勢とピカピカの生え抜き若手が、上手く噛み合ってチームカラーを作っています。若手というと、サイ・ヤング賞(最優秀投手の栄誉)を2回授賞している「イケメン・ロン毛」のエース、ティム・リンシカム投手はまだ26歳、その相方を組む正捕手のバスター・ポージー選手は23歳の新人、パンダの愛称で人気の「アメリカ版おかわり君」パブロ・サンドバル選手が24歳と、本当に若くして一流になっている逸材が集まっているのです。
例えば、ポージー選手はNLCSの第6戦ではフィリーズの「赤鬼」マニエル監督に「不動の四番なのに不振だと見透かされて」前のバッターを敬遠するという屈辱を味わっています。23歳のポージー選手は、その打席は動揺を隠せず凡退してしまいました。ですが、結局フィリーズはその後の回に、ウリベ選手に思わぬ決勝ホームランを打たれて沈んでいます。「ウチの若いのをバカにしやがって」ということで「オジサンが奮起する」可能性までは、老獪な赤鬼監督も計算できなかったということではないでしょうか?
ちなみに、この新人の四番打者、ポージー選手が正捕手に抜擢された際に、それまで長年にわたり正捕手だったベンジー・モリーナ選手はシーズン半ばの7月1日に放出されています。その23歳のポージー選手と、36歳のモリーナ選手が、今度はワールドシリーズの舞台で対戦する、この対決も何とも興味深いものがあります。いずれにしても、今回のワールドシリーズは「転落と再生」のドラマ、そして「世代交代と世代間連携」のドラマを抱え込んだ、何とも素晴らしいお膳立てとなりました。第1戦は、日本時間の28日(木)の午前9時試合開始です。
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