コラム

中間選挙の足音

2009年07月31日(金)12時42分

 今は2009年の8月になろうという時期で、前回のアメリカ総選挙(大統領選と議会選挙)の余韻が残っている感じがします。まだまだ大統領も議会も「新しい」、そんな感覚です。ですが、実際の政治日程からすると、次の国政選挙、つまり2010年の中間選挙までは1年と3カ月に迫っているのです。そして、この2010年の中間選挙はオバマ大統領にとって、そしてアメリカ政治の全体にとって非常に重要なのです。

 何といっても上院の動向が大事です。アメリカの上院は定数100で、現在は民主党が58、民主党系の無所属が2、共和党が40ということで、民主党側が60の絶対多数を確保しています。絶対多数というのは、重要法案について賛否が真っ二つに割れたときに、少数政党が審議拒否(フィルバスター)で法案を廃案に追い込もうとしたときに、それを押し切ることができるパワーのことで、現在は民主党側がそのパワーを持っているのです。

 さて、任期6年の上院をどうやって改選しているのかというと、この100人の定員を、憲法制定時に33、33,34の三組に分割して、それぞれ「クラス1(当初任期2年)」、「クラス2(当初任期4年)」、「クラス3(当初任期6年)」として、以降は二年ごとに100人の3分の1を改選して現在に至っているのです。

 来る2010年の選挙は、この点で大きな例外となっています。まず通常の改選議席が「クラス3」の組のために34議席あります。これに加えて、バイデン副大統領とヒラリー・クリントンの持っていた議席(現在はそれぞれ暫定的に任期2年で同一会派の議員が指名されている)も改選されます。ということは36議席が改選ということで、これは珍しい現象です。

 しかもこの36の中身を見ると民主=共和が18議席ずつを占めて拮抗しているのです。注目は共和党の18議席です。この18という数字はこの「クラス3」では共和党としては大勝に属します。何といっても前回の2004年の大統領選との「同時選挙」の際に、ブッシュの勢いに乗って獲得したのがこの「18」という数字です。いわば小泉チルドレンのように、共和党は新人議員を多く抱えているのです。

 しかも新人以外のベテラン共和党議員は6名が2010年には引退を表明しており、次回の36議席を争う中で共和党現職は12だけ、残りは新人ということになるのです。そして現職の12も一部には苦戦が伝えられています。ですが、仮に次回改選の36で共和党が半数の18を取れないということになると、民主党は絶対多数の60から更に議席を伸ばしてしまいます。仮に前回の2008年総選挙に起きたような「共和党から民主党へ8議席が移動」というようなことになると、上院の勢力地図は「68=32」という極端なことになります。

 そうなると政治的なバランスが崩れるだけでなく、2年ごとに3分の1改選という上院では共和党が勢力を奪還するのは大変なことになります。では、そうした「オバマの民主党の天下泰平」がほぼ確実な情勢になっているのかというと、私は決してそうではないと思っています。景気回復に遅れが出ている中、例えば健保改革や外交などで大きな失敗をしてしまうと、世論の目は一気に厳しくなります。そんな中で、大統領のパワーを牽制するために世論は上院の共和党に勝たせるような選択をしてくるかもしれません。共和党現職はそんなに強くないのですが、民主党の暫定議席や現職を切り崩すことは決して不可能ではないからです。

 現時点での大統領の人気、共和党のリーダーシップの崩壊状態からみると、そうした可能性は実は低いと見るのが正しいのでしょう。ですが、1年と少しに迫った中間選挙というのがオバマ政権にじわじわとプレッシャーをかけつつあるのは事実だと思います。その意味で、アメリカの憲法における、大統領と議会のバランス、そして選挙システムは機能しているということができると思います。日本では「ねじれ解消」の議論の中で「一院制」などという議論がありますが、単純に「ねじれ」がなければ良いというものではありません。政権に必要なチェックをかけることができ、しかも全体の決定スピードは確保できるシステムというのは、そんなに簡単なものではないと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ECB総裁ら、緩やかな利下げに前向き 「トランプ関

ビジネス

中国、保険会社に株式投資拡大を指示へ 株価支援策

ビジネス

不確実性高いがユーロ圏インフレは目標収束へ=スペイ

ビジネス

スイス中銀、必要ならマイナス金利や為替介入の用意=
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプの頭の中
特集:トランプの頭の中
2025年1月28日号(1/21発売)

いよいよ始まる第2次トランプ政権。再任大統領の行動原理と世界観を知る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 2
    被害の全容が見通せない、LAの山火事...見渡す限りの焼け野原
  • 3
    「バイデン...寝てる?」トランプ就任式で「スリーピー・ジョー」が居眠りか...動画で検証
  • 4
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 5
    欧州だけでも「十分足りる」...トランプがウクライナ…
  • 6
    電子レンジは「バクテリアの温床」...どう掃除すれば…
  • 7
    トランプ就任で「USスチール買収」はどう動くか...「…
  • 8
    「敵対国」で高まるトランプ人気...まさかの国で「世…
  • 9
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命を…
  • 10
    トランプ氏初日、相次ぐ大統領令...「パリ協定脱退」…
  • 1
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 2
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性客が「気味が悪い」...男性の反撃に「完璧な対処」の声
  • 3
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 4
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 5
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 8
    被害の全容が見通せない、LAの山火事...見渡す限りの…
  • 9
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 10
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story