コラム

PM2・5襲来に習近平がクールでいられるのは

2016年12月21日(水)19時30分

<北京をはじめ中国の都市部は、環境基準をはるかに超える数値のPM2.5に襲われている。中国政府は、これだけひどい大気汚染を「気候災害」と位置付けようとしていて、人々もだんだん感覚が麻痺して「天災」と見なすようになってきている>

 PM2.5は空気中にある直径2.5マイクロメートル以下で、呼吸によって肺に入り込む微粒子状物質だ。PM2.5は人間の排出行為によって発生し、主に燃焼過程で生まれる。PM10(直径約10マイクロメートル)の粒子は鼻腔内の鼻毛によって食い止められるが、PM2.5は普通のマスクでは完全に防ぐことができない。微粒子状物質の吸着した化学物質が肺胞に侵入して、呼吸系を回復不能に傷つけるだけでなく、心臓や血管と神経系に悪影響を与える。WHO(世界保健機関)の環境基準によれば、PM2.5指数は10(1立方メートルごとに10マイクログラム)以下が安全値。ところが、中国の多くの場所のPM2.5指数は常に50を超えている。

 私がこの原稿を書いている時点で、北京のPM2.5指数は404に達している。今月19日、河北省石家庄市のPM2.5指数が1015に達した。人類はPM指数が数百、さらには1000に達する場所で生存できるのだろうか? 中国人は実際生き延びているが、彼らはこの世の地獄でもがいている。ここ数年来、人々のPM2.5との戦いにはまったく効果が表れていない。街へ出て抗議すると逮捕され、ネット上の批判的な章は削除させられ、人々はだんだんPM2.5の存在に慣れて次第に感覚が麻痺し、怒りに満ちた疑問を苦々しい皮肉でやり過ごすようになった。中国政府はPM2.5を気候災害とすることで自らの責任をなかったことにする法律の制定を目論み、国民もだんだんPM2.5が人災でなく天災だと見なすようになっている。PM2.5を吸い込む運命を免れることができない以上、能力ある人は自分と子供の健康のため、家族全員で国外移住するほかない。ただし大部分の中国人はマスクを付けて濃いPM2.5の中でもがきながら、何とか生き延びようとすることしかできない。

 中国共産党の高官は空気汚染の重大性を実感していないのだろうか。13年、習近平は会議でPM2.5の汚染に言及してこう語った。「この問題を急に解決はできない。クールに立ち向かおう」。彼はもちろん目の前のPM2・5に対してクールでいられる。中国政府はかなり早くから、最高級の空気浄化システムを中南海に設置したからだ。大手建設会社「遠大グループ」のサイトを探せば、今も「遠大の空気清浄機が中南海に」という記事を見つけることができる。記事はこう書く。

「警備担当者の厳しい専門的チェックを無事終え、空気清浄機は政治局常務委員室で動き始めた。遠大グループの空気清浄機のにおいを消す効果と、優雅なデザインはすぐに指導者たちの好評を得た。現場で清浄機を手入れするときに墨汁のような汚水が出るのを見て、遠大グループの清浄機の効果を指導者たちは確信した。遠大グループの清浄機はついに国家指導者が指定する空気清浄機になった!」

 習近平のPM2.5に対するクールな態度は特別供給品のお陰、という訳だ。ほこりの上で健康な空気を享受する彼が、PM2.5の下で真っ暗闇の国民を気にとめるはずもない。

プロフィール

辣椒(ラージャオ、王立銘)

風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、ウクライナ戦争終結へ特使検討、グレネル

ビジネス

米財務長官にベッセント氏、不透明感払拭で国債回復に

ビジネス

トランプ氏、財務長官に投資家ベッセント氏指名 減税

ワールド

トランプ氏、CDC長官に医師のデーブ・ウェルドン元
今、あなたにオススメ
>
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでいない」の証言...「不都合な真実」見てしまった軍人の運命
  • 4
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 5
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 6
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 7
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 8
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 9
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 10
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 9
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 10
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story