コラム

スマホに潜む「悪魔」が中国人を脅かす

2016年09月28日(水)16時00分

<10月から中国では、ネット上で発信されるすべての情報が犯罪捜査の証拠となる。これまでにも中国人の言論の自由は著しく制限されてきたが、今後その捜査対象はさらに拡大することになる>

 今週の土曜日は中華人民共和国の建国記念日である国慶節だ。国を祝う祝日に何とも皮肉なことだが、この日から中国ネットの言論空間はさらに一歩、暗闇へと足を踏み入れる。

 最高人民法院と最高人民検察院、公安部が先日、ソーシャルネットワークの微博(ウェイボー)や微信(WeChat)、そのほかのブログだけでなく、ショートメッセージやメールで発信される情報についても10月1日から犯罪捜査の証拠にできる、という新規定を公表した。ユーザーの登録情報や身分証情報、電子商取引記録、通信記録、文章、写真、音楽、映像も例外ではない。

 政府系メディアはこの重大な決定について報じる時、次のような恐喝的な言葉を使った。「あなたが微博や微信で発表したひと言は後日、すべて法廷に証拠として提出される可能性がある」。この規定が明らかになると、大論争が起きた。無知な人々はニュース記事へのコメントで支持を表明。この措置はネット上のでたらめな噂や嘘、ポルノ的あるいは暴力的な言論を減らすことができると主張した。しかし私を含めた多くのネットユーザーは、この規定が個人のプライバシーをひどく侵害し、もともと大きくない中国人の言論の自由の空間をさらに縮小させる、と懸念した。

 ただ私にとって、この措置は既に始まっていた。違いは表立っての説明があるかどうか。過去、中国政府は言論の自由の侵害などの悪行はすべて水面下で行ったが(編集部注:作者のラージャオは体制批判の漫画を理由に中国政府から支払い口座の凍結などの権利侵害を受けた)、現在は国家が法律の形をとって正々堂々と悪行を公開している。そしてひどいことに、この規定の実施前にも関わらず、私の周囲の人々は被害を受けている。

 9月7日、私は習近平を風刺する1枚の漫画を発表。多くのネットユーザーが気に入り、次々と転送した。すると間もなく悪い情報が伝わって来た。9月9日にネット上の友人が私に伝えたところでは、微信のユーザー2人が私の漫画を転送して拘留され、1人は10日間の刑事拘留になった。そのほか1人の情況は不明だ。また昨日、友人が伝えてくれたところによれば、彼のネット上の友人の1人が9月8日にネット上から消え、多くの人が彼を探しているが、彼にどんな事態が発生したのか誰も分からない。彼の微信の最後の画面のスクリーンショットは、転送したあの漫画だったという。行方不明になった彼に一体何が起きたのか。やはり10日間拘留させられるか。それとももっと長期間になるのか。あるいは脅されて微信を使っていないのか。誰も知らない。

 アラジンがランプをこすると魔神が現れて願いをかなえてくれる、というアラブの昔話がある。現在、すべての中国人のスマホの中には1匹の「悪魔」が住んでいて、たった一言やたった1度の転送で飛び出してくる。そして「悪魔」がいつ出てくるかは誰にもわからない。幸い、私はすでにこんな恐ろしい環境から遠く離れた場所にいる。しかし残念なことに、中国に住む私の漫画のファンは投獄の危険にさらされている。私より勇敢な中国人のため、私は現在の言論の自由を大切にして、引き続き創作を続けていく。

プロフィール

辣椒(ラージャオ、王立銘)

風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏とゼレンスキー氏が「非常に生産的な」協議

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の
今、あなたにオススメ
>
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 7
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story