コラム

中国が文革の悪夢を葬り去れない理由

2016年05月19日(木)19時40分

 今年で文化大革命が始まって50年だが、中国政府はいかなる記念活動も開催せず、官制メディアも一貫して沈黙を守っている。記念日の5月16日がすぎ去った後、ようやく17日未明に人民日報が1本の評論記事を公表しただけだ。記事は文革を災難と認める一方で、中国共産党に教訓を学ぶ能力がある、と強調し、国民に対してすでに終わった文革に引き寄せられるな、と呼び掛ける内容だ。

 しかし私は聞きたい。文革は本当に終わったのだろうか?

 1966年5月に中国共産党中央政治局の拡大会議が北京で開催され、会議で「5・16通知」が決定された。歴史学者はこの「5・16通知」を文化大革命の始まりと見なしている。76年9月9日に毛沢東が死去し、10月6日に華国鋒首相が副主席の葉剣英と共産党中央弁公庁主任の汪東興と共に「懐仁堂の政変」で王洪文、張春橋、姚文元と毛沢東夫人の江青(いわゆる4人組)を逮捕して、10年の文化大革命は終わった。

 この10年は「10年の大災害」と呼ばれ、毛沢東と彼の率いる中央文革小組は多くの紅衛兵を動員してあらゆる方面にわたる階級闘争を展開。批判闘争や家財の略奪、密告、人権と財産権の侵害が横行し、迫害され死に至ったのは、上は前国家主席の劉少奇から下は庶民におよび、無数の歴史的文化財や遺跡が破壊された。

 81年、鄧小平が党の第11期中央委員会第6回全体会議を開き、「建国以来の若干の歴史問題についての決議」を決定した。決議は文革を毛沢東が誤って始め、「反動グループ」に利用されて党、国家と各民族に災難を与えた内乱、と定義づけた。しかしこの決議は「功績第一、誤り第二」と毛沢東に対してあいまいだった。

 共産党は文革に対して一度も徹底的な反省を行ったことがない。紅衛兵として参加し、その手が血で汚れた者で被害者に懺悔と陳謝を伝えたものはほとんどいない。共産党は文革の歴史と犯罪を暴露する国家レベルの記念館建設を許さず、文革の元凶である毛沢東の遺体はずっと天安門広場に安置され見学者を迎えている。彼の肖像は天安門に掲げられ、人民元の紙幣にも印刷されている。毛沢東は今なお現状に不満な人々に神と見なされ、彼の肖像や彫像はあがめられ、タクシー運転手は交通安全のお守りとして車のバックミラーに掛けている。多くのスーパーは彼の肖像を入口に掲げている。

 民間に残る「毛派」以外にも、習近平の態度が懸念を呼んでいる。彼は13年1月に中央党校の勉強会で、鄧小平の始めた改革開放後の30年をもって毛沢東の30年を否定できない、と演説した。習近平本人と家族は文革の中で辛酸を舐めた。ところが同世代の元紅衛兵や知識青年たちと同じように、大きな被害を受けたにも関わらず、毛沢東を精神的な指導者と見なしているようだ。

 習近平の指導部が徹底的に文革を否定できないのは、彼らの「教組」毛沢東が文革の元凶であるためだ。もしも徹底的に追及すれば、49年の建国の意義や共産党そのものを否定されてしまう。共産党だけでなく、民間の文革に対する再考を厳しくコントロールすることで、文革への反対が共産党への反対につながらないよう防いでいるのだ。

 習近平が権力独占の道を目指しているのは明らかで、今まさに「鎖国」すら進行しようとしている。私たちは直面しようとしているのは、いつか見たことのある「文革2・0」の国家だ。

プロフィール

辣椒(ラージャオ、王立銘)

風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米旅客機空中衝突事故、生存者なしか トランプ氏は前

ビジネス

米GDP、24年第4四半期速報値は+2.3%に減速

ワールド

グーグルの「アメリカ湾」表記変更は間違い、メキシコ

ワールド

ハマスが人質解放、イスラエル人3人とタイ人5人 引
今、あなたにオススメ
>
MAGAZINE
特集:トランプ革命
特集:トランプ革命
2025年2月 4日号(1/28発売)

大統領令で前政権の政策を次々覆すトランプの「常識の革命」で世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 3
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望している理由
  • 4
    東京23区内でも所得格差と学力格差の相関関係は明らか
  • 5
    ピークアウトする中国経済...「借金取り」に転じた「…
  • 6
    空港で「もう一人の自分」が目の前を歩いている? …
  • 7
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 8
    トランプのウクライナ戦争終結案、リーク情報が本当…
  • 9
    世界一豊かなはずなのに国民は絶望だらけ、コンゴ民…
  • 10
    トランプ支持者の「優しさ」に触れて...ワシントンで…
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果が異なる【最新研究】
  • 3
    緑茶が「脳の健康」を守る可能性【最新研究】
  • 4
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 5
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 6
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 7
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 8
    煩雑で高額で遅延だらけのイギリス列車に見切り...鉄…
  • 9
    日鉄「逆転勝利」のチャンスはここにあり――アメリカ…
  • 10
    軍艦島の「炭鉱夫は家賃ゼロで給与は約4倍」 それでも…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 6
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 7
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 8
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 9
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 10
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story