コラム

「常識」を目指した故パパ・ブッシュが残した教訓

2018年12月07日(金)15時50分

当選後のパパ・ブッシュは「全国民の大統領」としてのつとめをまっとうした REUTERS

<パパ・ブッシュが再選できなかったのは、いい人だったからかもしれない>

America's Best One Term President(アメリカで一番良かった1任期大統領)。先日94歳で亡くなったジョージ・H・W・ブッシュ(パパ・ブッシュ)はよくこう評価される。なんとも言えない表現だ。政界の基本として、現職は選挙に極めて有利だが、大統領も例外ではない。1900年以降、選挙で負けた現職大統領はたった5人だけ。バイアス(思い込み)がかかっている見方かもしれないが、再選しない大統領はかなり訳ありなイメージ。その中の「ベスト」は「一番おいしいイギリス料理」のような、微妙な評価だ。

では、改めてパパ・ブッシュの大統領っぷりを振り返って、評価をしてみよう。まずは、何をやった人なのか?

僕個人として一番覚えているのはブロッコリーゲート事件。「俺は大統領だ。もう、ブロッコリーなんか食べない!」と、エアフォースワン(大統領専用機)のメニューから特定の野菜を排除した。すると翌日、全国の農家から送られた2万トンの「抗議ブロッコリー」がホワイトハウスの前庭に集積された。庭師もブロッコリー仰天だ!

皆さんには「嘔吐事件」が印象的ではないでしょうか? 日米貿易摩擦の最中の92年、首脳会談のために来日したブッシュ大統領は首相主催の晩餐会で体調を崩し、宮澤喜一首相の膝の上に嘔吐してしまったのだ。原因は不明だが、交渉条件が呑み込めなかったためか、ブロッコリーを食べ過ぎたためかと思われる。

真面目にいこう。全世界で記憶に残っているのは91年の湾岸戦争。イラクがクウェートを侵略した際、すぐに「許さない」と立ち上がったのがブッシュ大統領だった。国際連合安全保障理事会で初めて、国連加盟国に対する武力行使の承認を取り、多国籍軍を結成し、あっさりとイラク軍を退かせた。僕の世代のアメリカ人にとっては、アメリカが戦争に勝ったほぼ初めての記憶だ。

しかも戦争の費用はほとんど、サウジアラビアなど他国が支払った。後方支援に回った日本でもタバコ税や酒税が上がったのを、いまだに僕の相方、マックンが根に持っている。でも、アメリカ人からみれば軍事的にも、外交的にも、財政的にもあんなにうまくいった戦争はない。僕は戦争を賛美するつもりは全くないが、多くのアメリカ人はそう評価し、当時のブッシュ大統領は史上最高並みの支持率を誇っていた。

ほかにも、ブッシュは外交における功績を複数遺した。91年末のソ連崩壊後は、ロシアとの対立を煽らず、温厚な調和策を選んだ。ドイツの東西統一を支援し、イギリスやフランスの反対を押し切ってドイツをNATOに加盟させた。イスラエル周辺のアラブ諸国を、史上初めて一つのテーブルにつけて和平交渉を勧めた。そして、貿易交渉中に日本の首相に腹の内を見せた。まあ、少なくとも胃の中身を見せた。

すみません。真面目にいく。

支持率が高くて、数々の自慢材料があったのに、なんでブッシュは再選できなかったのか? その説明はアメリカ政治の悲しい矛盾に基づく。というのは、共和党大統領の場合、多くの人を喜ばせる政権運営よりも、一部の人を喜ばせる選挙活動の方が有利なのだ。

そもそもブッシュは人工妊娠中絶の権利を主張したり、レーガノミクスの理論的基盤であるサプライサイド経済学を「ブードゥー(黒魔術)経済策」と嘲笑したりするような中道派だった。しかし、1980年の大統領選挙の共和党予備選でローナルド・レーガン候補に負け、レーガン大統領の副大統領になるために、中絶反対! レーガノミクス万歳! と切り替えた。1988年に大統領候補となったときは、その「ハード保守派」のスタンスを貫いた。さらにブッシュは選挙戦中、視聴者の潜在的な人種差別意識を悪用するテレビCMで対戦候補を厳しく攻撃した。政治理念を曲げ、紳士の姿勢を捨てて狡猾な手を使ったが、選挙に勝ったのだ。

プロフィール

パックン(パトリック・ハーラン)

1970年11月14日生まれ。コロラド州出身。ハーバード大学を卒業したあと来日。1997年、吉田眞とパックンマックンを結成。日米コンビならではのネタで人気を博し、その後、情報番組「ジャスト」、「英語でしゃべらナイト」(NHK)で一躍有名に。「世界番付」(日本テレビ)、「未来世紀ジパング」(テレビ東京)などにレギュラー出演。教育、情報番組などに出演中。2012年から東京工業大学非常勤講師に就任し「コミュニケーションと国際関係」を教えている。その講義をまとめた『ツカむ!話術』(角川新書)のほか、著書多数。近著に『パックン式 お金の育て方』(朝日新聞出版)。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエル首相らに逮捕状、ICC ガザで戦争犯罪容

ビジネス

米中古住宅販売、10月は3.4%増の396万戸 

ビジネス

貿易分断化、世界経済の生産に「相当な」損失=ECB

ビジネス

米新規失業保険申請は6000件減の21.3万件、4
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story